面倒だから、傘を差さなかっただけ。Side:土方

アイツは、雨が好きだった。
俺は基本的に動き回るのが好きなアウトドア派。外に出ることを制限される雨が嫌いで、だから、雨が好きだというアイツが理解できなかった。

「十四郎さんは、どうして雨が嫌いなんですか?」


どうして雨が好きなんだと問う俺に、アイツはそう問い返した。ことりと首を傾げると、さらり、と揺れる亜麻色の髪に、俺は何となく目線を逸らした。

「別に。ただ、俺の行動を縛られるのが嫌いなだけだ」

「……そう。十四郎さんらしいわ」

くす、と小さく笑う細い肩。線の細い指先。
俺はそちらに目を奪われて、次に、じっとこちらを見つめてくるその瞳にどこか居心地の悪さを感じた。
アイツは、変わらずに微笑んだまま。そっと視線を外へと向けた。

「私は、雨が好きです」

どこか遠くを見るような、その瞳。凛と背中を伸ばして、それでも、儚さを備えた横顔。
それらの全てが、本気で綺麗だと思った。

そ、っと伸ばした指先。微かに触れる、少し冷たい手の甲。
俯いたアイツと、それを決して見ようとはしない俺。
交わされない視線と、少しだけ結んだ指先が、どうしようもなく大切だった。





「雨は、嫌いだ」


俺は、じっと己の手のひらを見つめた。
頭上から降り注ぐ雨が、手のひらを滑り落ちる。さっきまで赤く染まっていた手は、雨に流されてすっかり元に戻っていた。
何人もの、人の命を奪った手。あの日結んだ、細い指。
やはり、あの時あの手を取らなくて正解だと思った。……こんなに汚れてしまった俺の手で、触れるわけにはいかないから。

「雨は……―――嫌いだ」

雨は、止まない。
まるで俺を責めるように。
俺はそれに口元を歪めた。もっと、もっと、責めてくれよ。アイツの指先の感触も、温度も全部、忘れたいんだ。

「……―――あぁ、畜生」

痺れるくらいに強く、痛みを覚えるくらいに固く、手のひらを握り締めた。
見上げた空は暗い色をしていて、雨がしきりに俺の全身を叩いた。
どうせなら、この心ごと全部、この雨に溶かして捨ててしまいたい。

でも、それができない己の弱さと。守りたいと、しあわせになって欲しいと願う強さが。
きっと俺をここに立たせているのだろう。だから、立っていられるのだろう。



雨に打たれて、ただ、アイツが幸せで在るようにと夢を見る。
傘を差さなかったのは、アイツが好きだという雨を感じていたかったから。





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