飲み込んだのは、雨のはずなのに何処か塩辛かった。Side:山崎

倒れこんだ副長の体を支えながら、万事屋の旦那はじっとその場所から動かなかった。
咄嗟に副長に駆け寄ろうとした俺は、その背中を見て足を止めた。

「……―――」

俺はこの二人の関係を良く知らない。顔を合わせれば喧嘩ばかりで、お互いに気に食わない奴だと認識している。二人の周囲の人間も、きっとそう思っているに違いない。
だけど、俺は別の角度から二人を見ていた。
この二人は、似ている。姿形は違うけど、心の奥底にある何かが、同じだ。
だからこそ、今回のことも。
きっと旦那には分かっていたんだ。副長がするであろう、無茶も。その心も。
だからこそ、依頼でもなく金にもならないのに、ここに居るんだ。

「……ジミー」

ぽつり、と旦那は副長を支えたまま俺を呼んだ。相変わらず、人の名前をまともに呼ばない人だ。でもきっとそれは、旦那なりのボーダーライン。
それを感じているのは、きっと俺だけじゃない。副長も、きっと気付いている。
だからこそ、毎回のように訂正するのだろう。

「はい」

「……コイツ、は」

「はい」

「あの人と、何かあったんだろ?」

「……―――」

少しだけ、苦しげな声。
俺の答えが分かっていて、それでも問いかける声。俺はその声に、目を伏せて答えた。

「……―――それは、言えません」

副長は、とても頭が切れる。「真選組の頭脳」と言われ、「鬼の副長」という異名で呼ばれる、その名の通りの人だ。
隊士に厳しい人だが、それ以上に自分には厳しい。己を省みることをせず、全ての泥を自分一人で被って局長をたてる。不器用で、しかし、優しい心を持つ、鬼。
そんな人だから、俺は付いて来た。これからも、それは変わらない。
だから、俺は副長の意思に従う。それだけ。

「副長は、それを言うことを望んでいません」

「……だろうねぇ。多串君は、意地っ張りだから」

旦那は、小さく笑った。副長を支える腕に、微かな力を込めて。

「きっと、誰にも言わないまま、終わらせたかったんだろ、コイツは」

「……そう、ですね」

そして、それを許さなかったのは、俺だ。
俺自身の独断で、今回のことを局長に知らせた。
でも、副長はそれを責めなかった。

「……なぁ、ジミー君」

「……山崎です。旦那」

「雨、上がるといいなぁ」

「……―――」

俺は、ゆっくりと頭上を仰いだ。
さっきまで激しく降っていた雨は、もう小雨になっていたが、まだ降り続いている。
瞼が、熱い。息苦しさを覚えて飲み込んだ雨は、何処か辛くて。
あの、儚くて綺麗な人がくれた煎餅に似ていた。



BACK TOP NEXT