大切な人が死んだ。
ほんの少しの短い間、心を通わせた人が、死んだ。
雨上がりの、夜明け。
水分を含んだ空気が、頬を濡らした。
アイツが好きだった菓子を食べながら、俺は空を見上げた。
すき、だった。
それは過去の想いでもあり、今もなお色褪せない思い出だった。
一緒に生きることは出来なかったけれど、後悔はしていなかった。
アイツのしあわせは俺にはないと思ったからだ。
それが、良い選択だったのかは、分からない。
だが、あの日。
故郷を離れる俺たちを見送るアイツの瞳が、俺の背に向けられた視線が、確かに伝わったから。
俺は、振り返りもせずに、ただ、前だけを向いて歩いた。
それはきっと、これからも変わらない、俺の生き方だ。
「……辛ぇ」
ぽつり、と呟く。
辛(つら)い、と。
たった一人、しあわせになろうとして居なくなってしまった人を想って。
すまねぇ、ミツバ。
俺は……―――。
真っ直ぐにしか、生きれない。
だから、お前のことも過去のこととして、振り返ることすらままならない。
そんな俺を、許してくれとは言わない。許して欲しいとも思わない。
ただ。
「辛ぇよ……、チクショウ」
今、このとき流した頬の涙(オモイ)は、本物だから。
「辛ぇな……」
しばらくの間、俺は空を見上げたままだった。
背後で、パリボリと何かが砕ける音がしていたが、俺は気にしなかった。
きっと、アイツがいる。気づいていたけれど、俺は振り返らなかった。
ただ、後ろに居てくれることが、ほんの少し、俺にとっては救いだった。
だけどそれを面と向かって言うのは、俺たちにはひどく不釣合いに思えて。
小さく、笑う。
決して、俺の前に出てこないお前と。
決して、お前を振り返らない俺。
どちらも、辛い、と呟いた。