REQUEST Xmas   前

「奥村君!とうとうこの時期がやって来たで!!」
「………。何が?」

やけに気合の入りまくった志摩に、俺は呆気に取られつつも首を傾げた。







「何が?じゃあらへんよ奥村君!クリスマスやク・リ・ス・マ・ス!!恋人たちの聖典や!!」
「ん?あぁ、クリスマスかぁ……」

ちらりと見やったカレンダーの日付は、十二月二十二日。もう後二日すればクリスマスイブで、その次の日はクリスマスだ。ということは、俺が正十字学園に入学して、もう半年以上も経っていることになる。
早いなぁ、としんみりとした感傷に浸りつつ、ん?と志摩の言葉に違和感を覚えて、首を傾げる。

「あれ?クリスマスって、確かキリストの降誕祭じゃなかったっけ?なんで恋人たちの聖典なわけ?」
「……奥村君。なんでクリスマスは正しい情報を知ってはるんや……?」

普段はそないなこと全然知っていないのに、とがくりと肩を落とす志摩。どういう意味だよそれ!とちょっとムッとしつつも、そう言われてみればそうだよな、と納得する。他のイベントや祝日関係には疎いけれど、このクリスマスは何かとジジイに教えてもらった記憶がある。毎年毎年同じことを言うものだから、今じゃ俺はクリスマスの知識だけは豊富になっていた。
俺がそう言うと、へぇ、と志摩は納得して、せやけど!と固く拳を握り締めた。

「クリスマスの本位なんかどうでもええんよ!クリスマスと言えば、恋人同士がいちゃついてもなんも言われへん!まさに!恋人たちの為の日なんや!」
「あぁ、恋人はサンタクロースってやつ?」
「……なんか違う気もするけど……、まぁ、そんな感じや!」
「ふぅん……?」

そういうものなのだろうか。
クリスマス=キリストの降誕祭=恋人たちの聖典、という図式が俺の頭の中に書き足される。降誕祭と聖典ってどう違うんだ?と疑問に思うけれど。まぁ要するに、特別な日なんだな、と足りない頭で答えを導き出す。
すると志摩は、そんでや!とまたテンション高めに俺にぐいっと顔を近づけてきて、今度は何だと思っていると、志摩は何か重大なことを聞くかのような真剣な顔をして。

「奥村君は、クリスマスに予定はあるん?」
「え?あるけど?」
「!!」

クリスマスは色々と準備があるし、と言えば、志摩は衝撃を受けたような顔をしていた。そして、よろり、と後ろによろめいた。

「な、なんや奥村君……。ほんまは彼女がいるやないの……。キラキラと夜に輝くイルミネーションの前でいちゃいちゃデートする相手がおるんやないの……。冷たい風に打たれて凍える手を温めてやる相手がおるんやないの………。俺は………出雲ちゃんを筆頭に連敗続きやのに……!」
「なんだよその妙に具体的な内容は……?つーか、そんな相手なんていねぇけど?」
「そんな見え透いた嘘をつくのはやめてもらえます?!何か傷つくんやけど!」
「だーから、ほんとにデートする相手とかいねぇって!雪男だよ、ゆきお!」
「……へ?奥村先生……?」

なんで奥村先生?と首を傾げる志摩。

「クリスマスは朝からケーキとかの準備で忙しいんだよ。そんで、夜には雪男と二人で過ごすことになってんの。ほんとは修道院に帰ってミサとかした方がいいんだけど、外出許可が出ないみたいだしな」
「な、なるほど……。奥村君は、『クリスマスを誰と過ごすの?ランキング』二位の家族、ってわけなんやな」
「なんだよその『クリスマスを誰と過ごすの?ランキング』って」
「雑誌や雑誌。……でもまぁ、奥村君らしいと言えばらしいけど、奥村先生は大丈夫なん?」
「へ?何が?」
「や、だって……奥村先生は、モテはるやないですか」
「まぁ、そう、だな……」

双子の兄貴としては鼻が高いような、悔しいような。だけど雪男は確かによく出来た弟で、ちょっとムカつくとこもあるけど、根は真面目で優しいやつだ。背も高いし、黒子眼鏡だけど、でも、女子に人気があるのは確かだ。
だけど、それがこの話とどう関係があるのだろう?

「でも、雪男がモテるからって、何か関係あんのか?」
「関係あるもなにも。アレだけモテてはる先生のことや、彼女の一人や二人いたっておかしないやろ?そしたら、普通はクリスマスは恋人と過ごすのが普通やないの?」
「え………、」

何だよ、ソレ。

そう言いかけた言葉は、あまりにも衝撃的すぎて言葉にならなかった。
クリスマス=キリストの降誕祭=恋人たちの聖典という図式が脳裏に浮かぶ。そしてそれが、雪男にも当てはまるのだということに今更ながら気づいて。

「………ゆきおに、彼女…………?」

どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
毎年毎年、いつもクリスマスは一緒に過ごしてきたから、全然気づかなかったけれど。
頭のいい雪男のことだから、クリスマス=キリストの降誕祭=恋人たちの聖典、なんていう簡単な図式を知らないはずがない。
だったら、その図式に則って、雪男が彼女とクリスマスを過ごしたいと思うのは、当然のことだ。

……―――なんだよ、ちくしょう。

それならそうと、言ってくれなきゃ困る。だって、クリスマスの為に料理の買出しも済ませてしまったし、メフィストからおこずかいを前借までしてプレゼントを買っているし、おかげさまで財布の中身はすっからかんだし、来年の分まで前借してしまったから財布の中はしばらく寂しいことになってしまうだろう。

なのに。
なのに。
全部、無駄になっちゃうじゃん。

ぎゅう、と胸が潰れそうなほどの痛みを覚えて、俺はぐっと唇を噛み締めた。
だけど同時に、クリスマスでちょっと浮かれていたのが、ハッと我に返ったみたいな気分になった。

「………、そ、っか。そう、だよな……」

だって、しょうがない。
俺がただ勝手に浮かれて、勝手に準備して、勝手に財布を空にしただけで、雪男は何も知らないんだ。だから、雪男は悪くない。俺が勝手に、勘違いをしていただけ。

クリスマスは雪男と一緒に過ごすのだと、俺が、勝手に思っていただけなんだ。

当の雪男は、きっと可愛い彼女と一緒に過ごすことを考えているはずで。その頭の中に、俺という存在は忘れ去られているに違いない。
だから、クリスマスになったらきっと、雪男はこう言うだろう。

『今日は彼女と一緒に過ごすから』と。

いや、もしかしたら優しい雪男は、『仕事が入ったから』と嘘を付くかもしれない。
だったら俺は、笑顔で送り出してあげなきゃいけない。どんなに寂しくても、ちゃんと笑わないと。少しでも違う素振りを見せたら、雪男は気づいてしまう。
でもそれは、ダメだから。


「ちゃんと、笑わないと………―――」


強がりだと分かっていたけれど、俺にはそうするしかない。
じゃないと、きっと、泣いてしまうから。
みっともなく雪男に、言ってしまいそうだから。

行かないでくれ、と。

そんなこと、絶対に言っちゃいけないと分かっていたとしても。





そうして迎えた、クリスマス当日。
気は進まなかったけれど、前日から料理の準備をしていた。クリスマスの前日と朝は毎年そうしていたから、何もしなかったら逆におかしいと思われてしまう。
偶然にも、前日の夜から今日の朝方まで、雪男は任務があるということで出かけていた。もしかしたら彼女?と思ったけれど、メフィストと話しているのを聞いたから、ちゃんと仕事だというのは分かった。
でもそんな風に疑って調べたりするのがなんか女々しいような気がして、自分が急に嫌なヤツになったような気がした。

「……でも、しょうがねぇよな」
『なにが?』
「ん?なんでもねぇよ」

俺がてきぱきと準備をしている横で、クロが興味深々といった様子で見つめていた。クリスマスといえば、ローストチキンとかブッシュ・ド・ノエルとか、結構手のかかるものが多い。昨晩から準備をしていたからそこまで時間は掛からないだろうけど、準備は料理だけじゃない。
ツリーやらリースやらの飾りつけもしなきゃいけないし、と頭で整理しつつ、忙しさにかまかけて雪男のことを考えないようにした。

『りん!このでっかい木、なに?』
「クリスマスツリーだよ。この木に飾り付けをするんだ」
『へぇ、つりーっていうの?すごいすごい!』

料理が粗方片付いて、ツリーの飾りつけを始める。クロはツリーを見たことがなかったのか、目を輝かせてぴょんぴょんと元気に跳ねている。
そんな無邪気な様子に頬を緩めつつ、そういえば、と思い出す。
そういえばこんな風に、ツリーを一人で飾るのは始めてだな、と。

小さい頃は雪男とジジイと修道院の皆で、庭にある大きなツリーの飾りつけをしていた。ツリーのてっぺんの星を飾り付けるのを雪男と二人でやったり、積もった雪で雪合戦したり。

『兄さん!』

無邪気に笑う雪男の顔が、脳裏に浮かぶ。可愛いな、と頬を緩めていると、今度は今の雪男の姿が思い浮かんで。

『兄さん』

そしてその隣には、名前も知らない女の人。雪男の腕に自分の腕を絡めて、幸せそうに笑っている。そして、その女の人に、雪男も微笑みかけていて。

バキィ!と何かが割れる音で、ハッと我に返る。

「う、わ……!?」

音を立てたのは、どうやらツリーに飾るはずだったベルの形をした金色のモノで、手のひらの上で粉々に砕け散っていた。強く握りしめたせいで、もうそれは原型を留めていなかったけれど。
そしてそんな固いものを握りしめたせいか、手のひらを切ってしまったらしい。真っ赤な血がその金色の破片を染めていた。

「あ………」

だけど、傷跡はすぐに塞がってしまった。痛みを覚える暇もない。
俺は呆然とその様を見つめて、はは、と小さく笑った。だけどすぐに耐え切れなくなって、ぎゅっとその破片を握りしめる。

「………っ」

ツキリと傷んだ痛みは、すぐに消えてしまう。
でもこの胸の痛みだけは、どうして消えてくれないんだろう?
こんなに痛くて、堪らないのに。

自分が醜い嫉妬をしていることを、嫌でも自覚した。こんなの、ダメだって分かっているのに。俺と雪男は双子で、兄弟で、だから、雪男に彼女ができたのなら、兄貴として喜んであげなきゃいけないのに。
なのに、あの瞳が優しく緩んで、その先に自分がいないと思うと苦しくて仕方ない。

『りん?だいじょうぶか?いたいのか?』

表情を歪ませた俺に、クロが心配そうな声を上げた。ぴょんと俺の肩に乗って、そろそろと腕を伝って血の滲んだ手のひらを見ると、ぺろりと舐めた。

「こら。ダメだぞクロ。血なんて舐めたら。汚ねぇだろ?」
『でも、りん、いたそうだぞ?いたいときにはこうしたほうがいいんだ』

ぺろぺろと舐めてくれるクロの、その暖かな舌と健気な仕草に癒されつつ、俺は笑った。

「ん。もう大丈夫だ。ありがとな、クロ」
『いたくないのか?』
「あぁ、クロのおかげだ」

ありがとな、とその真っ黒な体に頬を擦り付ければ、クロも嬉しそうにすりすりとすり寄ってきた。
あぁ、クロがいてくれてよかった。じゃないときっと、余計なことを考えてしまいそうだったから。

「さ、クロ!続きをしよう!」
『うん!』

俺は殊更明るく振舞って、クロにそう言った。クロもぴんと尻尾をたてて、頷いてくれた。






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