REQUEST Xmas   後

そうして、クロと二人でああでもないこうでもないとクリスマスの準備をした。雪男が帰ってくるのは夕方だし、それまでに覚悟を決めることはできた。
例え帰ってきた雪男から何を言われたとしても、笑っていられるように。何度も大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせた。

いつもとちょっと違う食堂。
キラキラと光る、ツリーの電飾。
ゆらりと揺れる、蝋燭の灯。
机の上にはちょっと奮発した料理の数々に、チョコレートたっぷりのブッシュ・ド・ノエル。あまり甘いものが得意じゃない雪男のために、ビターテイストにしたそのケーキは、にっこりと笑ったサンタクロースと雪だるまが乗っている。
俺は机に頬杖をついて、その雪だるまをこつん、と指で突いた。

……もしも本当に、サンタクロースがいるのなら。
豪華なプレゼントはいらないから、少しだけ、我儘を聞いてほしい。
身の程知らずだって分かってるし、俺はいい子どころか悪魔だから、サンタクロースが願いを聞いてくれるはずないって、分かっているけれど。
でも、それでも、ほんの少しだけ願いを聞いてくれるというのなら。


………どうか……―――。




「……ん。………兄さん。起きて、兄さん」

ゆらゆらと混濁する意識の向こう。少し低めの声で、俺を呼ぶ声がする。俺を「兄さん」なんて呼ぶのはこの世界でただ一人だけだから、すぐにその声が誰か分かった。
分かったけれど、瞼が重くて開かない。意識もはっきりしなくて、俺はすぐに思い当った。

あぁ、これは夢なんだ、と。

じゃないと、雪男が今、俺の目の前にいるはずがない。
こんな風に優しい声で、呼ぶはずがないんだ。

「兄さん?………、もう、しょうがないんだから……」

呆れたような、それでいて、気を許しているような、そんな声。
クス、と小さく笑う気配がして、そっと、額に暖かい何がが触れた。それはそのまま、前髪を書き上げるような動作を見せて、すぐに、それは雪男の手だということに気づく。
するり、とその手は俺の頭を撫でて、その心地よさについ、頭を押し付けてしまう。

「……、兄さん………」

すると雪男の手が離れてしまって、消えてしまった温もりを残念に思っていると。

「兄さん、好きだよ……」

ちゅ、と頬に柔らかな感触がして、低い囁きが耳元に触れた。
ぼんやりとした意識の中、それが何なのかを思い至って、ハッと意識が急激に覚醒する。
ばち、と目を開ければ、机に伏した俺に覆いかぶさるようにしてこちらを見つめている、黒いコート姿の弟がいて。

「ゆき、お……?」
「うん、そうだよ兄さん。ただいま」
「あ、え、っと、その、おかえ、り……?」

にこり、と笑った雪男は、遅くなってごめんね、と机の上にある料理を見て、少し申し訳なさそうにそう言った。

「本当はもう少し早く帰ってきたかったんだけど……」
「あ、うん。別に、いい、ぞ……?」
「そう?良かった」

今年もすごい料理だね、と嬉しそうな声でそう言う雪男に、あれ?と思う。

お前、彼女は?

そう聞こうとして、ぐっと言葉を呑む。
……―――もしかして。

「兄さん?どうしたの?」

心配げに細められた瞳。いつもよりも優しい色を湛えたそれに、俺は意識を失う前に思ったことを思い出した。

どうか。

どうか、雪男と一緒に居させてほしい、と。

そう願った。いるかどうかも分からない、サンタクロースに。

少しだけでも良かった。ただ、準備した料理を一緒に食べて、用意したプレゼントを渡せれば、それだけでも良かった。

そして、どうやらそれは、叶えられたらしくて。
目の前には、雪男がいる。

――――……俺が、願ったばっかりに。


俺はハッと体を硬直させた。なんてことをしてしまったんだろう、と。
雪男はきっと、クリスマスを一緒に過ごす人がいたはずで。なのに俺がサンタクロースに願ったばっかりに、その人とは一緒に居られなくなってしまった。
俺が我儘を言ったから、だから、雪男は………―――!

「ゆ、雪男!目を覚ませ!」
「え?ちょ、兄さん?いきなり何言って……」
「いいから!目を覚ませって!」

俺は慌てて起き上がって、雪男の肩を掴むとがくがくと揺さぶった。目を白黒させる雪男は、正気に戻ったような気配はなく、俺の様子に驚いている。
ダメだ。このままじゃ、絶対に、ダメだ。

「お前、こんなとこでこんなことしてていいのかよ!?違うだろ?目を覚ませ雪男!」
「に、兄さん。何を言ってるの?兄さんこそ寝ぼけるんじゃないの?」
「ちっげーよ!俺はいたって正常だ!寝ぼけてンのはお前だろうが!」

あくまでも正気に戻ることのない雪男にイライラしつつ、何で俺がこんなことしなきゃならないんだ、と何故か理不尽な思いに駆られた。
確かに、サンタに願ったのは俺だけど。でも、他の奴のことに行くって分かってるのに、どうして俺がこんなこと、しなきゃならないんだ……!

「兄、さん………?」
「……っ、ばか………やろうが………っ」

イライラして。心の中がぐちゃぐちゃで。もうどうしようもなくて。
瞼が熱くて。息ができなくて、苦しくなって。

「なんで……、俺がこんな、おもい、……しなきゃ……なんないわけ……?」

ダメだって、分かってる。分かってるのに、止まらない。

「……おれ、も、わけ、わかんな………。どうして、ほかの奴のとこにいくお前を……見送んなきゃ……いけねぇん……だよ……っ。おれ、おれは………きょうは……お前といっしょにいるんだって……おもってたのに。………かってに浮かれて………さいふは空っぽだしっ……こんなもん……かってによういして……。ばかみたいだ………っ」

俺は用意していたプレゼントの包みをぐっと握りしめた。そしてそれを、思いっきり地面にたたきつける。
バン!と派手な音を立てて、その包みは歪な形に歪んでしまった。中身は何なのか分かっているから、こんなことで壊れるとは思っていないけれど。

「ちくしょ……っ」

ほくろめがねのくせに……!と吐き捨てて、俺は雪男に背を向けた。このまま雪男の顔を見ていたら自分でも何を言い出すか分からないからだ。これ以上、雪男を困らせたくないし、みっともない自分をさらけ出すのが、怖かったからだ。

だけど。

「兄さんっ!」

走り出そうとした俺は、後ろから雪男に腕を掴まれて、踏みとどまった。少し強引に腕を引かれて、ぎゅう、と腰に腕が回った。

「兄さん……どうして、泣いてるの」
「ないてねぇ!」
「嘘。泣いてる。ねぇ、僕が何かした?なんでそんな顔してるの?」
「っ!」

何かした?だと?白々しい。
俺はカッとなって、振り向きざまにその胸倉を掴んだ。

「何かした?じゃねぇよ!ばか黒子眼鏡っ!そもそもお前が、何にも言わねぇから俺が気を使ってやってんのに……!」
「僕が何も言わない……?兄さん?何を言ってるの?ちゃんと教えてくれなきゃ、分からないよ」

あくまでもシラを切るつもりらしい。
とぼけたようなその態度に俺は再びカッと頭に血が上って、吐き捨てるように叫んだ。

「ッ!お前ッ、クリスマスは彼女と過ごすつもりだったんだろ!!ハッキリ、そう言えばいいだけの話じゃねぇか!」
「…………―――へ?」

ギリッと奥歯を噛みしめて雪男を睨めば、当の雪男は呆然としていた。その態度を見て、それまで雪男がとぼけていた理由に思い当る。
クリスマス=キリストの降誕祭だとは分かっていたけれど、クリスマス=キリストの降誕祭=恋人のたち聖典、なんていう図式を知らなかった俺だ。当然、雪男もそんな俺に気づいていたはずで。クリスマスは恋人と過ごすのだということを俺が知っていることを、雪男は知らない。
だから、言わなかったのだ。言わなきゃ、俺が気づかないと思って。
それなのに、俺は知っていた。だから、驚いているのだ。

なんだ、考えてみれば、案外簡単じゃないか。

結局、俺は一人で空回っていた。
ただ……―――それだけのことだったんだ。

「………、あの、兄さん?」

ほら、雪男もちょっと気まずそうな顔をしている。きっと、俺が気づいてたって知って、どう言おうか考えているに違いない。
俺は黙ったまま、雪男の言葉を待った。雪男は視線を彷徨わせた後に、そろりと口を開く。
その口から飛び出すのは。

『知ってたんだ?今まで言わなくてゴメン』?
それとも。
『これから彼女と会う約束をしているんだ』?


どちらにしても嫌だなぁとズキズキと傷む胸を誤魔化しながら、自嘲気味に笑っていると。



「…………、なんでクリスマスに、恋人と一緒に過ごすの?」

「……………。――――、へ?」



心底不思議そうな、そんな、言葉だった。
なんで?と首を傾げる雪男に、それまで膨れ上がっていた何かがシオシオと萎むのを感じた。

「や、なんで、って………」
「だって、クリスマスはキリストの降誕祭でしょ?毎年一緒に過ごしてたじゃないの。なのに、なんで居もしない恋人と一緒に過ごさなきゃならないわけ?今年のクリスマスは兄さんと過ごすって思ってたのは、僕だけ?」
「っ………」

少し寂しそうな顔をした雪男に、ぶんぶんと首を横に振る。
だって、雪男だけじゃないのは、本当だから。
クリスマスを一緒に過ごそうって、思ってたのは。

だから。

「おれ、も………」

お前と一緒に、クリスマスを過ごすって、思ってた。

そう小さく告げれば、うん、と嬉しそうな顔で、雪男が笑うから。
俺は何だか悩んでいた自分が馬鹿らしくなって、それ以上に、当たり前のように一緒に居てくれようとした雪男に、嬉しくなって。

「……めりーくりすます、雪男」

胸倉を掴んでいた腕を解いて、ぽすり、とその肩に額を押し付けて、泣きそうなのを誤魔化しながら、小さく呟いた。







ゆらり、と揺らめく蝋燭の灯越しに、兄さんの疲れきったような、それでいて幸せそうな寝顔を見つめる。
その口元に、ブッシュ・ド・ノエルのクリームが付いていることに気づいて、僕は小さく笑う。そして、そっと机に手を付いて伸び上がりつつ、そのクリームをぺろりと舐める。
さほど甘くないはずのそれが、何だかとても甘く感じる。

「………ばかだなぁ、兄さん」

すやすやと小さな寝息を立てるその人を眺めながら、苦笑を漏らす。その目元がちょっと赤くなっているのを見て、不謹慎かもしれないけれど、嬉しいと思った。

兄さんが、クリスマスは恋人と過ごす日だと知っていたのには、驚いた。まぁ、絶対に恋人と過ごさなきゃならないという決まりはないけれど、世間的にはそういう日でもあることは僕も知っていたし、いつか兄さんの耳にも入るだろうなとは思っていたけれど。
それが案外早かったことにも驚いたけれど、何より驚いたのは、それを知った兄さんが何をどう勘違いしたのか、僕に恋人がいると思ったことだ。
兄さんは単純だから、クリスマス=キリストの降誕祭=恋人と過ごす日、とでも思ったのだろう。つまり僕が兄さんとではなく恋人と過ごすのだと、勝手に勘違いした。そして、あんな暴挙に出た。
勝手に勘違いをしてしまって、いっぱいいっぱいの様子だった兄さんに、敢えて「そういう日」なのだと知らないフリをした僕だけど。

「まぁ、あながち間違いではない、かな」

僕は兄さんがくれたプレゼントを指でなぞって、そっと笑った。
柔らかなそれは、今の時期には必要な物。深い緑色をした、マフラーだ。手触り的にも、結構な値段がしたんだろう。月二千円のおこずかいの兄さんにそこまでお金があるとは思えないから、きっとフェレス卿あたりに頼んだに違いない。フェレス卿が、任務が終わって報告をしに行った僕を、ニヤニヤとした笑みで見ていたから。

そして、そうしてまでプレゼントをくれた兄さんを、愛しく思わないはずがなくて。
僕はその寝顔に幸せな気分になりつつ、そっと用意していたプレゼントを兄さんの隣に置く。
サンタクロースの真似ごとじゃないし、サンタになってくれていた神父さんの代わりのつもりじゃないけれど。
それに、やっぱり僕たちは双子だ。僕が選んだプレゼントは、深い青色をしたマフラーだったから。
似てないって言われている僕たちだけれど、こんな時に、ちゃんと繋がりを感じる。
それが嬉しくて。そして、起きた兄さんがこのプレゼントを見たとき、どんな顔をするのかが楽しみで。
あぁ、サンタクロースもこんな気持ちなのかな、と思いながら、兄さんの頬に手を伸ばす。
無垢なその寝顔に、泣きたくなるほど、しあわせで。


「Merry Xmas、兄さん。…………、すきだよ」


クリスマスは恋人や家族と過ごす大切な日。
だとしたら、僕が誰と過ごすかなんて、もう決まっている。


僕にとって、「家族」であり、「兄弟」であり、「最愛」であるそのひと以外、考えられないのだから。



Happy Merry Xmas!!







というわけで。

「もういくつ寝ると奥村兄弟の誕生日?お正月には100000HITになってネクロゴンドでサイト1周年記念リクエスト企画!!〜サンタさんの赤は血の色だってばよ〜」

企画中にリクエスト頂きました片瀬眞生様!ありがとうございます!

リクエスト内容は「志摩君からクリスマスの予定を尋ねられて、予定があると答えた燐。そこから恋人がいるのかと聞かれて、日本のクリスマスが恋人と過ごすことを知らなかった燐は何で?という風に首を傾げる。そして燐自身は雪男とまったりクリスマスを過ごす」
という風な内容でしたので、そんな感じで書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか?

ギリクリスマス内に書き上げることができて本気で良かったです。ほんと、良かった……。ちなみに、兄さんに余計な知恵を与えた志摩君は、クリスマスを坊と子猫さんと一緒に過ごすという終わり方をした上に、次の日雪ちゃんから制裁を受けます(笑
そして二人して色違いのマフラーをして塾にやってくる姿があったりとか。何やかやで幸せな二人がいればいいな、と思いました。
もうすぐ二人の誕生日が来るので、このクリスマス後のお話がかければな、と画策中だったりもするのですが、今回はまぁ、こんな感じで。

素敵なリクエストを頂きまして、ありがとうございました!本当は兄さんの料理の描写をもっと入れたかったのですが、なかなかうまくいきませんでした!すみません!

ではでは、いつもいつも来ていただいている感謝を込めて。







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