余命、一週間。7

俺は、全力でスクーターを走らせていた。タイヤが悲鳴を上げていたが、それを無視して。
早く、早く、とハンドルを握る手に力が入った。

「……ひじかたッ!」

ぐっと唇を噛み締めて、叫ぶ。ほんの少し、血の味が滲んだけれど、あまり気にはならなかった。それよりも早く、と心が急いて仕方ない。

『……、ぎん、……』

耳元で聞こえた、あの声。
心もとない、か細い声に、ぎゅっと胸が締め付けられて。
俺は、再びスピードを上げる為、ハンドルを回した。



万事屋の電話が鳴り響く。俺はソファーからのそりと起き上がって、喧しく喚く電話を取る。正直仕事をする気にはならなかったが、そうも言っていられない経済状況なのだ。

「はいはい、万事屋ですけどぉ」
『―――……、』
「?もしもーし?」
『―――』

首を傾げる。電話口の向こうで人の気配はするのだが、一言も喋らない。もしや無言電話か?とイラッとしていると、電話の向こうで人が動く気配がして。

『……、ぎん、……』

心もとない、俺を呼ぶ小さな声。俺はハッと息を止めて、受話器に齧りつく。どんな言葉も聞き逃さないように、と。
そして、出来るだけ穏やかな声で、ゆっくりと話す。

「……土方?……どうした?」
『……―――、ぎん、俺……ッ』

どうしよう、と不安げな声に、胸がザワリと騒いだ。居てもたってもいられず、俺はできるだけ落ち着くように自分に言い聞かせる。

「今どこ?……銀さんがそっちに行ってやるから」
『……屯所、だ』
「分かった。……すぐに行く」

ガチャ、と手荒になりそうな自分を叱咤しつつ、受話器を切る。そしてきょとんと呆気に取られている神楽に、ちょっと出てくる、と告げて、慌しく万事屋を後にした。
背後で、銀ちゃん!当たって砕け散るアルヨ!と激励?の言葉が投げかけられて。
俺は苦笑しつつ、万事屋の階段を駆け下りたのだった。



キュイィイイイ、とスクーターが急ブレーキをかける音が響く。俺は屯所の前に勢い良く止まって、門番が驚いている間に中に入ろうとする。しかしすぐに我に返った門番に、どうしたんですか!と止められる。

「止めんな!」
「そうはいきません!」

しがみついて俺を止める門番に小さく舌打ちしつつ、俺は中に入ろうとするのを止めて、土方は、と聞く。
すると門番は。

「副長なら、いますけど……。アポは取っているんでしょうか?」
「アポ?リンゴなら持ってねーけど」
「そのアポじゃありません。……アポを取って頂かないと、中に入れることはできません」
「なら、沖田君でもいいや、呼んでくれない?」
「……分かりました」

しぶしぶ、といった様子で中に消えていく門番に、俺はホッと息を付く。沖田君なら、きっと話が分かってくれるだろう、と。
そうしてしばらく待っていると、門番と供に沖田君が姿を見せた。

「一体どうしたんで?旦那が土方さんを尋ねるなんて」

ひどくのんびりとした様子の沖田君に、アレ?と思いつつ、俺は門番に聞こえないように沖田君に耳打ちする。

「あのさ、土方、今、どうしてる?」

ひそ、と小声で話す俺にきょとんとした沖田君は、すぐに察したのか、納得したような顔をした。

「土方さんなら、奥の自室にいますぜぃ。……会っていかれやす?」
「……頼む」

俺が神妙な顔で頷くと、沖田君はにやにやと笑う。俺はその表情に、からかわれているのかと思い、バツが悪くなる。
がりがりと頭をかいてそれを誤魔化しつつ、どうぞ、と促す沖田君の背に続くようにして、屯所内へと入った。



屯所に入って、続く廊下を歩いた先の、一番奥の部屋に案内された。

「ここに居やす。……後は、どうぞごゆっくり」
「……」

余計なお世話だ、と沖田君を睨むが、ドS王子は何処吹く風だ。内心で舌打ちしつつ、俺は沖田君の方に向き直る。

「今、アイツはどんな具合?」
「正直、イイ、とは言い難いですねぃ。まぁ、あの人のことだから、強がっているだけだと思いますけどね」
「……そう」

何でもないことのように言う沖田君だが、その表情は明るくない。……相当、悪いみたいだな、と俺は覚悟を決める。

「じゃあ、後は頼みましたよ、旦那」
「……」

部屋に入ろうとする俺に、沖田君はそう声をかける。……俺に何とか出来るモンだったら、とっくにどうにかしているっての。
切なくなりながら、俺は襖に手をかけた。

「……土方」

部屋に入る前にそう声をかけると、中の空気がザワリと動いた。どうやら本当に中に土方がいるみたいだ。

「入るよ?」
「……―――」

返事はないが、NOとは言われていない。俺はそう思って、襖を開けた。
次の、瞬間。


シュ、と空気の切れる音がして、俺は咄嗟に後ろへと仰け反った。
俺の首があった場所を間一髪で通る、鋭い風。俺はそれを見送って、呆然とする。

「ひじ、かた……?」
「……」

真っ直ぐに睨みつける薄墨色の瞳が俺を射抜いて。
真っ直ぐに向けられた刃に、何が起きているのか理解する。

俺は、土方に刀で切られそうになったのだ、と。

「ちょ、土方君?ど、どうした?アレ?可笑しいな、なんで俺、切られそうになってんの?」
「……―――」

俺を切りそこなった土方は、じっと俺を見つめて、やがてゆっくりと刀を下げる。
どこか諦めにも似た表情で、小さく口元を吊り上げる。

「……楽しかったかよ」
「え?」

ぽつり、と呟いた言葉の意味が分からなくて、俺は首を傾げる。
すると土方はハッと乾いた笑いを見せて。

「テメェの言葉を本気にして、まんまと騙されてる俺を見て、楽しかったかって聞いてんだ!」
「……は?」

何を、言っているのだろう?
土方が何を言っているのか、よく分からない。
俺が唖然としている間も、土方は堰を切ったように叫び続けていた。

「おかしいって、思ってたんだ。何で、あんなに優しくしてくれんのかって。もしかしたら、本当にお前は俺のこと、なんて自惚れて……ッ」

畜生、馬鹿みてぇ、と土方は押し殺したような声でそう言った。
ぎゅっと強く唇を噛んで俯く。切なげな表情を見せる土方を見て、そんな顔をして欲しくなくて、俺は土方の腕を取る。
だけど弾かれたように俺の手を払いのけられて、行き場のない手が宙に浮いた。

「ッ、触んな!……、テメェなんて、嫌いだ……ッ」
「……ッ!」

ぎゅ、と眉根を寄せて告げられた言葉に、息を呑む。
嫌い、という言葉に対してじゃなくて、土方の表情に対して、だ。
俺はその顔を見て、スッと冷静になる。

嫌い、というのなら、何で。

「……何で、そんなに泣きそうな顔をしてるわけ?」

そう聞くと、土方はカッと目を見開いて、違う!と叫ぶ。

「な、泣いてねぇ!」
「嘘、すっごく泣きそうな顔してる」

ねぇ、何で?と聞きながら一歩近づいて行くと、土方はほんの少し怯えたように一歩下がった。

「ちゃんと、理由を教えてよ。お前に泣かれたら、俺、どうしていいのか分かんない」
「どうもしなくていいから!こっち来んな!」
「それは無理」

また、一歩、一歩、と近づくたびに土方は一歩、一歩と後退する。だけど、ついに土方の背が壁に付いて、俺は逃げられないように壁に両手を付いて、土方を囲った。
グッと唇を噛んでこちらを睨みつける土方を、じっと見つめる。

「土方……」
「ッ……離せ!」
「触ってないよ、俺」
「じゃあ、どけよ!」
「どかない。土方がちゃんと話してくれるまで。……ねぇ、騙されてるって、何?」
「……」

土方は黙ったまま、俯く、だけど俺はそれを許さずに、俯いた土方の顔を覗き込む。
驚いたような薄墨色の瞳と、合う。

「ちょ……ッ」
「俺は、ここ一週間、本気だった」
「!」
「テメェが、本気で好きだと思った。それに嘘はねぇ。……たとえお前がもうすぐ死んでしまうとしても、俺はお前が好きだ」

真剣に、想いを込めて告げた言葉。だけど土方は間を置かずして首を横に振る。

「嘘だ」
「嘘じゃない」

本気だよ、とそう告げると、嘘だ、と決して認めようとしない土方に焦れて、俺は俯いたままの土方の下から、唇を奪う。触れるだけの、軽いものだけれど。
ちゅ、と軽い音を立てて離れる唇に、少々不満に思う。
だけど顔を離した後の、何が起きているのか理解できていない風の、きょとん、とした土方の顔を見れただけでも、ヨシとしよう。

「俺は、本気じゃない奴にキスできるほど、軽い男じゃないんだけど」
「ん、な……な……、おま、……」

ようやく、状況を理解できたのか、真っ赤になる土方の耳元で、そう囁く。
ビクリ、と肩を震わせる土方に、小さく笑って。

「俺が本気だって信じてくれるまで、キスするけど?」

いい?と聞くと、土方は全力で首を横に振った。それを少し残念に思いつつ、そっとその肩に額を置く。

「じゃあ、信じてくれる?」

祈るように囁くと、土方はしばらくの沈黙のあと、小さく頷いた。



「それで?何で俺がお前を騙してるって思ったわけ?」
「……―――」

ようやく、俺の言葉を信じてくれた土方を抱きしめながら、俺は改めてそう問いただした。
すると土方はバツの悪そうな、それでいて少し不機嫌そうな顔をして。

「……だって、今日は4月1日じゃないか」
「……へ?」

しがつ、ついたち。

俺は脳内でそれを繰り返して、ようやく、今日という日がどういう日なのかを思い出す。

「えいぷりる、ふーる、だよ、な……?」
「……そうだ」
「……」
「……」

沈黙が降りる。……まさか。

「え。ちょっと待って。……もしかして、だけど。土方君が、もうすぐ死ぬって奴も、実は、嘘だったり、す、る………?」
「……。その、もしかして、だ」
「ちょっとおおおおおおおおおお!?え?マジで?マジで嘘?なんで?どういうこと!?」
「それは俺が知りたいわ!ったく!総悟の野郎、近藤さんまで巻き込んで壮大な嘘付きやがって!なんで4月1日の一週間前から準備してんだよ!用意周到すぎるにもほどがあるだろ!」

チッと盛大な舌打ちをする土方に、俺は全てを理解して気が遠くなる。
あの、ドS王子め!あの笑みはこういう意味だったのかよ!内心で盛大に罵った。

つまり。

俺が土方の寿命について近藤と沖田君が話しているのを聞いたあのときから、沖田君のエイプリル・フールは始まっていたわけで。
沖田の嘘を本気にした近藤は、土方君に気を使うだろう。そして土方君は敏感にそれを感じたハズだ。そして、今日という日までタネを明かさずに、じっくりと一週間、楽しんだに違いない。
そしてネタ晴らしされた土方は、俺もそのエイプリル・フールに関わっていると勘違いしたんだろう。全く、検討違いの勘違いだけれども。

そもそも、俺も騙されるキャストの一人だ。偶然、あの時あの道を通った俺をも巻き込もう、と沖田君は考えたんだろう。その方が面白そうだ、と。いつかの手錠の時みたいに。

そして、俺はその嘘を真に受けて、土方を気にして。
結果、俺と土方は両想いになって。

と、そこまで考えて、ふと、気づく。
もしかして、と。

もしかして、沖田君は土方君の気持ちにも、俺の気持ちにも気づいていたんじゃないか、と。俺自身でさえ気づいていなかった、気持ちに。
だからあんな嘘を付いて、俺たちをくっつけようとしたんじゃないか、と。


そうだとしたら、とんだ茶番だ。俺たちはまんまとドS王子の手の平の上で、踊っていただけに過ぎないのだから。

だけど……―――。

「まぁまぁ、いいじゃないの。結局、死なないで済むんだし」
「だがなぁ……」

はぁ、と盛大にため息を付く土方を、俺は苦笑混じりにぎゅっと抱きしめて。

「沖田君の嘘のおかげで、こうしていられるんだから、いいんじゃねーの?」

な?と土方の顔を見ると、ふい、と視線を逸らして。
キザいんだよ、クソ天パが。馬鹿じゃねーの?といつものように罵った。

だけど、ね?土方。
照れているのを隠してそんな嘘を付くお前が、俺はすごく好きだよ。




END.



というわけで、実はエイプリル・フールネタでした!

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