CINDERELLA Boy 前
十月下旬、学園内はそわそわとどこか落ち着かない雰囲気を纏っていた。というのも、十一月の初旬に、正十字学園大イベントの一つ、文化祭があるからだ。
お祭り好きの理事長を持つ正十字学園の文化祭は、それだけで注目を集める。全寮制で、許可がなければ出ることのできない学園が、その日だけは開放的になる。
誰もがそのことに浮かれ、毎年のようにこの文化祭を楽しみにしている。それは祓魔塾に通う生徒たちも同じで。
いつものように塾が終わり、皆がそれぞれ帰り支度を始める中、しえみがにこにこと笑いながら燐に向かって、そういえば、と問いかけた。
「燐、文化祭は誰かと回るの?」
「あー、文化祭でウチのクラスが喫茶店やることになってさ。その準備とかで忙しいし、多分、回る暇ないんじゃないかと思う」
「そうなんだ、大変だね」
「そうそう!もうこれがすっげー大変でさ」
聞いてくれよ、としえみに準備の大変さをとつとつと語る燐。やれ女子が煩い、だの、誰それが仕事をしない、だの、そんな愚痴をこぼしながらも、燐はどこか楽しげだ。
正十字学園の文化祭は、少し変わっている。学園で出し物をするクラスは、一学年に五組までで、全十組はある中の半分しか出し物はしない。出し物をするクラスは生徒会(もしくは理事長本人)が決めるので、毎年どのクラスが割り当てられるのか分からない。
今年はその五組の中に燐のいるクラスも入っていたのだが、これはメフィストの故意なのではないか、と燐は密かに思っている。
そして、残りの五組は後夜祭の準備やら、文化祭中に行われるステージの準備を行う。どちらも大変そうだが、やはり各クラスで出し物をしなければならない方が、手間も時間もかかってしまう。
その分、出し物をした分の利益はクラスに還元されるので、皆張り切ってはいるが。
「そういえば、しえみは文化祭はどうするんだ?」
しえみに苦労話を聞いて貰っていた燐は、ふと思いついた疑問を口にした。しえみは正十字学園の生徒ではないから、一般参加するのだろうか。そう思っていると、しえみはうん、と元気に頷いて。
「お庭の手入れをしたら、来るつもりだよ。燐がお店をするんだったら、遊びに行くね!」
「おう!大歓迎するぜ!」
「あーそんなら俺も行こうかなぁ?」
しえみと燐の間に入るようにして、志摩が割り込んだ。どこから会話を聞いていたのか、ナチュラルに会話の中に入っている。
「お、志摩!お前も来んのか?」
「良いやろか?坊と子猫さんのクラスは出しもんするみたいやから、俺一人なんよ」
「勿論!っていうか、二人は出し物クラスだったのか」
「そうですよ、僕らのクラスは正十字学園のマスコットとかのグッズを売るんです」
「マスコットって……、あれ、まんまメフィストじゃん」
燐は脳裏にイかれたピエロ然とした男を思い浮かべて、うげ、と顔をしかめる。あはは、と苦笑した子猫丸は、でも、と眼鏡を押し上げて。
「意外と人気あるみたいなんですよ、理事長のグッズ。だから、売れば結構な売り上げになるみたいですよ」
「へ、そうなの?」
モノ好きがいるもんだ、と燐は感心する。メフィスト本人がいれば、どういう意味です?と満面の笑みを浮かべて聞いてきそうだ。生憎、本人はここにはいないが。
「というわけで、俺一人やから、奥村君のとこ、遊びに行かせてもらうな」
「僕たちも、店が落ち着いたら行きますよ」
「おう、皆来てくれよ。ちょっとだけならサービスできるかもしんねーし」
そう言って満面の笑みを見せた燐に、しえみたちはよろしく!と歓声を上げた。
それを聞いていた出雲がひっそりと、朴を連れて行こうかな、と思ったが、口に出すことはなかった。
寮に戻ると、珍しく雪男が先に戻っていた。特進科の生徒であり、祓魔師であり、塾の講師でもある雪男は、とても忙しい。燐が眠っている深夜に帰ってくることなんてよくあることだし、例え早く帰ってきても、机の上にある書類を片手に仕事をしていることが多い。
そんな雪男が、とてものんびりとした様子でベッドに座っている姿なんて、もしかしたら初めてかもしれない。
「珍しいな、お前が先に帰ってるなんて」
「文化祭前は塾もあまりないし、緊急の依頼が無い限り、祓魔師も休みが多いんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「まぁ、文化祭の準備とかでは忙しいけどね」
だろうな、と雪男に返しながら、燐は制服の上着を脱ぐ。足元でクロが『おかえり!』と言っているので、その体を抱き上げながら、ただいま、と返す。
暖かなクロの体温に癒されつつ、そういえば、と燐は雪男に向き直る。
「雪男のクラスは、出し物と後夜祭、どっちなんだ?」
「僕のクラスは後夜祭クラスだよ。特進科はだいたい後夜祭クラスにされるらしいからね」
「あー、なるほど」
「兄さんは、確か出し物クラスだったよね」
「そうそう、喫茶店やるんだ」
「じゃあ、時間があったら顔を見せるよ」
「おう!是非売り上げに貢献してくれよな!」
そう言って無邪気に笑う燐に、仕方ないなと言いたげな顔をした雪男だったが、すぐに眼鏡を押し上げて不適に笑う。
「じゃあ、僕が売り上げに貢献したら、兄さんは僕に特別サービスして欲しいな」
「ん?」
特別サービス?
首を傾げる燐に、雪男はにっこりと満面の笑みを浮かべて燐に近づくと、その頬に手を伸ばして。
す、と親指で燐の唇をなぞる。
「……―――、意味、分かるよね」
兄さん?と大人びた顔で囁く雪男に、燐は瞬時に理解して真っ赤になる。
「ちょ、お、あ、え…ッ、その……!」
「動揺しすぎだよ」
「や、だって、さ。えっと……」
「別にいつもしてるでしょ?」
「そ、そりゃ、そう、だけど」
うう、と声を小さくして唸る燐。その真っ赤になった顔を見下ろしながら、密かに、可愛いな、と思う雪男。
二人の間に挟まれたクロが、小さく首を傾げて二人を見上げていたけれど、二人が気づくことはなかった。