最近、体調は悪くはないが、心臓が高鳴って参っている。夏の暑い日差しに後押しされて、テンションはマックス。大丈夫、俺はやれる。やればできる子だよ俺は。よし。いけ、俺!

「ひっ、土方っ!」
「あぁ?」
「あ、あ、相変わらず瞳孔開いてんな、マジで警察ですかコノヤロー」
「あぁ!?テメ、死んだ魚みたいな目をしたヤツに言われたかねぇよ!」

あぁ、本当、俺のバカ野郎!


ガラナ   前





道で会えば怒鳴り合い、掴み合いの喧嘩をする相手に恋をした。相手はもちろん、俺のことなんて眼中にない。それどころか、顔を見れば眉根を寄せて嫌そうな顔をされる。あの顔は、軽く凹むぞ。
つまるところ、勝算ゼロ。どこをどう考えても、好かれてるなんて一ミリたりとも思えない。それくらい望みのない関係だけれど、俺は諦めたりしなかった。
だって、原因は分かってるんだ。俺が、俺の方から友好的に話掛けれさえすれば、土方だってきっと喧嘩腰になることなんてないんだ。だって、なんだかんだ言って、土方は優しいから。親しげにしてくる相手に対して、邪見になんてできない。ましてやそれが、何度か顔を合わせた相手ならなおさらだ。
だとしたら、例えば道で会った時なんかに、喧嘩を売らなければ土方も買うことはない、ということだ。
そう、分かっている。頭では。だけど、それができれば、誰もこんなに苦労はしてねぇって話だ。
実際、土方を前にしたら、素直じゃない性格が災いして、へらず口しか叩けない。つーか、前よりも土方を意識しすぎて、逆にどんどん修復不可能になっているような気がする。そりゃそうだ、声をかけられるたびに何かしら文句を言われたら、嫌いになるのが当然だ。あ、どうしようなんか泣けてきた。
状況は絶望的。だけど、要は俺の勇気次第。有言実行。仲良くなる為に、俺はとにかく必死だ。

いつもの団子屋。道行く人を見つめながら、暇人だよな、なんて悪態を付く。俺?俺は土方を待つのに忙しい。この団子屋は真選組の見回りルートの一つで、今日は土方が担当の日だ(沖田君談)。そわそわと土方が来るのを待つ。すると、視界の端に黒い制服が映った。土方だ。どくん、と心臓が大きく高鳴る。
やばいどうしよう緊張してきた。団子を持つ手が震えた。あと少しで、土方が目の前を通る。なんて声を掛けよう?何度もシュミレートしてきたはずなのに、いざとなると何も思い浮かばない。
内心でわたわたしていると、土方が目の前を通過しようとした。あ、やばい。このまま通り過ぎてしまう。俺は焦りと緊張で、思わず。

「相変わらず暇そうだなぁ、税金ドロボーさんよぉ」
「あぁ?税金払ってから文句言えや」

あ、声が出た。良かった。と思ったものの、内容に軽く絶望しそうになる。土方は足を止めてくれたけれど、表情は険しい。

「ちゃんと払ってますぅ。この団子だって消費税付いてんだろうが。ちゃんと税金払ってやってんだからキリキリ働けや公務員」
「テメーよりゃ働きモンだよ、俺ぁ。ったく、嫌な野郎と出くわしちまったぜ」

チッ、と舌打ちをされてしまった。イライラした様子で、煙草を咥えると火を付けた。煙草一本分くらいは、ここにいてくれるらしい。どうしよう、嬉しい。煙草を咥える唇に目がいった。どうしよう、キスしたい。じわじわと欲望が胸に滾ってきて、いかんいかん、と振り払う。キスの前に、まずはお友達からでしょうが。何考えてんの俺。いきなり全部すっ飛ばしてキスなんてしてみろ。光の速度で嫌われるわ。

「何だよ?」
「え?」
「人の顔ジロジロ見やがって。何か文句でもあんのかよ?」
「えっ、いや………」

いけ、俺。ビシッと。お前の顔に見惚れてた、くらい言え、俺。あ、ダメだ。ドン引かれたらおしまいだ。じゃあ、何て言えばいいんだよ?何が正解?
ぐるぐると悩んで足踏みしている間に、土方は短くなった煙草を吸い終えてしまった。吸殻をポケット灰皿に仕舞うと同時に、携帯が鳴った。

「土方だ。……あぁ。………分かった、すぐ戻る」

手早く切った土方は、ちらりと俺を見やった後に、大概仕事しろよ、と吐き捨てて、颯爽と去ってしまった。お前もな、と咄嗟に返して、何こんなときだけ反応早いの俺!と頭を抱えた。
黒い背中が、人ごみに消えていく。あぁ、また肝心なところで一歩踏み出せなかった。ちくしょう、情けないぜ。ことごとく自己嫌悪に襲われたものの、凹んでいる俺を見かねた団子屋の旦那が一本おまけしてくれたので、前向きに考えることにした。



一体俺の何が悪いのか。いや、原因は分かっている。俺が臆病なのがそもそもいけないのだ。ほんっと、どうしてここまで優柔不断なんだろう。もうちょっと、こう、イケイケぐいぐい行ければいいのに。や、でもそうして押せ押せで行って引かれたら嫌だな。……って、またこれだ!いかん。消極的な考え方はもう止めよう。
とにかく、テンションを上げるために俺の天使に会いに行こう。えーっと、チャンネルチャンネル。お、ちょうどブラック正座占いがあってるじゃん。

「てんびん座で天パの、死んだ魚みたいな目をしたヘタレなアナタ!今日は意中の人をデートに誘いましょう。意外と上手くいっちゃうかもしれません。そのままホテルに連れ込んで、一発決めちゃって下さい!」

なん、だと……。
いっ、一発って何!ちょ、まっ、いっぱつってちょ、待って!まだ手も繋いでないよ俺たち!でも、一発、か。
脳裏に、隊服を俺の前で脱ぎ捨てて、ベッドの上でニッと笑う土方を思い浮かべる。ぎんとき、なんて少し潤んだ瞳で見つめられて………―――。

「っ、ちょっ、いつからそんなエロい子になったんですか!」
「銀さん、朝から煩いです」

けしからん、と鼻血を足れながす俺を、けしからんのはアンタの方です、なんて汚物でも見るような目で見てくる新八を無視して、俺は万事屋を飛び出した。
とにかく、今日はデートに誘ってみよう。結野アナも言ってたし。天気もいいし、どっか行こうか。それとも、今度封切になった映画でも見に行こうか。ルンルン気分のまま歩いていると、丁度向かい側から黒い制服がやってくるのが見えた。しかも、土方だ。やりぃ!やっぱり今日の俺には天使が付いている。俺はいそいそと土方に近づくと、あっちも俺に気づいたみたいだった。俺を見て眉根を寄せたものの、すぐにきょとん、と目を見開いた。あ、可愛い。そんな風に思いつつ、よぉ、と声を掛ける。土方は困惑気味だ。ふふん。この前の俺とは一味違うぜ。ちょっと得意げな気持ちになる。

「朝から大変だね、見回り?」
「お、おぅ」

いつになく爽やかに声を掛ける俺に、やはり土方はどこか困惑している様子だ。うん。そりゃそうだ。いつも嫌味を言う野郎が爽やかに挨拶してきたら、そりゃ怪訝に思うだろう。だが、俺はとにかく土方を上手くデートに誘うことで頭が一杯だった。

「大変だねぇ」
「お、おい、テメェ………」
「ん?何?」

にこにこと満面の笑顔を向けると、土方はすっと俺の顔を指差して。

「テメェ、鼻血垂れてんぞ」

し、しまったぁ!さっきの拭くの忘れてた!
俺は慌てて鼻血をふき取る。だが、なんか妙な空気になって、居た堪れなくなった。ちくしょう。なんだよ。どうしていつもこうなるんだよ。せっかく、土方をデートに誘えると思ったのに。これじゃ台無しだ。
しゅん、と落ち込んでいると、鼻血を出したことに落ち込んでいると思ったのか、土方は少し慌てた様子で。

「お、落ち込むなよ。誰にでもあることだろ。何か、いつの間にか鼻血が出てた、なんてこと」
「……」
「だから、その、気にすんなって」

フォロ方の血がそうさせるのか、いつになく優しい土方に、泣きそうになる。つか、全然フォローにはなっていないけれど、でも、慰めようとしてくれているのは分かるから、余計に。うぅ、とマジで泣きそうになっていると、土方は泣くなよ、と俺の天パに手を伸ばして、もふもふと撫でた。

「ほら、今日の昼飯奢ってやるから。な?」
「ほ、ほんと?」
「あぁ、だから泣くなって」

うん、と頷けば、満足そうに土方は笑った。あぁ、やっぱり優しいな。嬉しそうな笑顔が可愛くて、じゃあ昼にな、と去っていく土方の背中をぼんやりと見つめた。ん?というか。

「もしかしてこれって、デート………?」