ガラナ   後





土方とデート(という名の昼飯)の約束をした。しかも俺からじゃなくて、土方からだ。浮かれないわけがない。出て行って帰って来たかと思えばそわそわそわそわする俺を、神楽は酢昆布を噛みながら呆れたように見やっていた。

「銀ちゃん。何をそわそわしてるアルか。何かあったのかヨ?」
「えっ!いや、別に?実は土方と昼飯食う約束しちゃったとか、そんなこと全然ないからね!」
「………ふぅん?」

くちゃくちゃと噛みながら、神楽はそれ以上何も言わなかった。え、良かったねとかそういう言葉はないわけ。あ、や、別に、言って欲しいってわけじゃねぇんだけどね。
あぁ、どうしよう。あと数時間後には土方と昼飯食ってるわけだよね俺。想像できない。

「銀ちゃん。ちょっとウザイアル。男がそんなそわそわうじうじしてちゃダメヨ。そんなんじゃマヨラーに呆れられて終わりネ」
「ウザ…………」

神楽のウザイ発言もそうだが、土方に呆れられる、という言葉に俺は凹んだ。そうか。そうだよな。ここはビシッとバシッとしとかねぇと、ここまで俺、全くいいとこねぇじゃん。よし、ここは一つ土方に俺のカッコいいところを見せ付けてやろうじゃねーの!

「そうヨ!銀ちゃん、その意気ネ!男は押して押して押し倒すのが一番アル!」
「神楽ちゃん、それはちょっと違うと思うよ……」



ガキどもに励まされながら、俺は万事屋を出た。すると階段の下で土方が待っていて、ぎょっとする。慌てて階段を駆け下りると、土方は小さく苦笑していた。あ、その顔ちょっと可愛いかも。少し見惚れてしまう。

「ンだ?そんなに早く飯が食いたかったのか?」
「えっ?あ、や、そ、そうなんだよ!悪いか!」
「いや……、やっぱり食い意地張ってんな、テメェは」
「貧乏人舐めんなよ。つーか土方君、もしかして結構待ってた……?」

若干の期待を込めて、何となく言ってみると、土方はカッと顔を赤くして。

「べ、別に!今来たとこだし、全然待ってなんかねぇよ!誰がテメェなんか待つか」
「あ、そ、そう………」

ぷい、とそっぽを向かれて、期待していた心がしおしおと萎んでいく。しょぼん、と落ち込んでいると、土方は不思議そうに俺を見やった後、行くぞ、とずんずん歩きだしてしまった。慌てて後を追って横に並ぶと、意外そうな顔をされた。

「何?」
「いや……、なんかテメェが横にいるのが変な感じがすんだよ」
「あー、なるほど」

確かに俺たちは横に並んで歩くことなんてまずなかった。あるとするなら、掴み合いの喧嘩か、メンチ切りあう喧嘩くらいで、どちらも向き合っている。横に並ぶなんてほとんどない。あ、なんか凹みそう。
いかんいかん!後ろ向きになるな俺!ビビるな俺!今日は一発決めてやるんだろ!

「でもさ、こうして並ぶのも悪くねぇだろ。たまには、さ」
「………そうだな」

ふ、と小さく笑った土方に、どくん!と心臓が大きく高鳴る。どどどどどどうしよう。まさかそんな反応が返ってくるなんて予想外だ。はぁ?嫌に決まってんだろ、って返ってくると思ったのに。
もしかして俺、そんなに土方に嫌われてない……?わずかな希望が灯る。

「ひっ、ひじか、」
「お、ここ空いてるみたいだぞ」

ことの真意を問いただそうとしたら、するっと逃げられた。ひ、人が勇気を振り絞ったとたんこれかよ!凹んだものの、定食屋ののれんに手をかけて、入らないのか?と聞いてくる土方に、入るよ!と半ば投げやりに返した。

「?何怒ってんだよ」
「別に。怒ってねェよ」

ちょっと自分のヘタレ具合とタイミングの悪さに凹んでるだけだから。
ぶつぶつと呟きながらも、土方とカウンター席に座る。親父が愛想のいい笑顔で、おや、という顔をする。

「こりゃ珍しい。土方さんと銀さんが一緒たぁ。お二人とも、喧嘩して店を壊さんで下さいよ」
「わーってるよ。今日は飯食いに来たの!な、土方!」
「お、おぉ」

勢いよく反論して、土方に同意を求める。土方は若干引き気味に、頷いた。親父もちょっと驚いていた。俺だって好きでいつも喧嘩してるんじゃねーよバカヤロー。ちくしょうなんか泣けてきた。目に力を入れてそれに耐えていると、土方が何するんだ?と聞いてくる。俺はメニューを見て、天ぷら定食、と呟く。土方はそれを聞いて頷くと、親父に注文していた。
そして煙草を取り出して火をつけると、ふぅ、と煙を吐きだして。

「ん、で?今日はどうしたんだよ?」
「え?」
「何か、朝から様子が可笑しかっただろ」

さらりと寄越された言葉に、とっさに、声が出なかった。
土方は、本当に優しい。きっと、朝から様子のおかしい俺を見て、何かあったのではと心配してくれたのだろう。そしてさりげないタイミングで聞いてくるのも、何だか慣れた様子で。もしかしてこんな風に他の奴らにも優しくしているのだろうか、と思って、つい、嫉妬してしまう。
凹んでいる奴がいたら、飯でも奢って。一緒に酒でも飲んで。そんな風に。きっと副長という立場ゆえに、部下にそうしてフォローを入れることも大事なのかもしれない。
だけど、でも、俺は、土方の部下でもなければ、友人でもなくて。それでも少しでも関わったヤツに対してこんなに親身になってくれるなんて、心底お人よしだ。
たぶん、きっと、そんなお前に俺はいつだって惚れているんだ。

「………別に、大したことじゃねーんだ。ただ、俺ってほんとマダオだなぁって思って。肝心なときに肝心なこと言えなきゃ、世話ねぇよな」

笑う。今だって、そうだ。大切な言葉は言わずに、あやふやなままの言葉を土方に告げている。きっとこれじゃ土方には伝わらないだろう。土方の反応をこっそり伺うと、土方は表情を変えずに。

「いつもは無駄にペラペラ喋るテメェの言葉とは思えねぇな。いざという時にきらめくのは目だけかよ?」

そうじゃねぇだろ、と土方は言う。

「肝心なこたぁ言えなくても、伝わるもんだってあるんじゃねぇの。そういうの、テメェが一番分かってると思ってたんだけどな」

小さく笑って、土方は何ごとも無かったかのように煙草を吸っていた。頑なにこちらを見ないのは、照れているからなのか。ガラにもないこと言ったって顔をしていた。あぁ、どうしよう。そんな顔も可愛い。
俺はなんだか堪らなくなって、土方へと手を伸ばす。

「ひじか、」
「へい、お待ち!」

た、と言い切る前に、俺たちの間に置かれた天ぷら定食二つ。なんてタイミングだ親父。つーか空気読め親父。なんでこのタイミングで持ってくる親父。
俺は伸ばした手を、土方から定食へと変えた。





「ごっそーさん」
「おう」

のれんをくぐって、店を出る。俺たちにしちゃ、大人しく飯を食えたほうだとつくづく思う。親父も、今日はお二人とも大人しいですね、なんて言っていたくらいだ。うん。飯は穏やかに食うべきだよね。ただ、ちょっと物足りないかも、なんて思うのは、贅沢かもしれない。
お互いの味覚にケチをつけて、睨みあって、だけどそれが一番俺ららしい。妙にカッコつけたって、取り繕ったって、それはただ虚しいだけだ。土方も同じように思ってくれているだろうか。そうだといいな。

「じゃ、俺は仕事に戻るわ」
「あ、うん………」

何ごともなかったかのように去っていく背中。真っ直ぐに背筋を伸ばして歩くその背中に、ぎゅっと手のひらを握り締める。
土方の言うように、言葉にしなくても伝わるモンがある。だけど、言葉にしなきゃ、伝わらないモンだってあるだろ。それこそ、好きだとか、そんなもの、言葉にしなきゃ絶対に伝わらねぇんだ。だから。
ビビるんじゃねーぞ俺。いけ、俺。今こそ男を見せろ、俺!

「ひっ、土方ぁ!」
「! あぁ?」

土方が振り返る。真っ直ぐな瞳が、俺を射抜いて。
今しかねぇ、叫ぶんだ!

「俺、俺、…………っ、…………――――――次は、ファミレスでお願いします!」
「死ね!」


あぁ、この想いよ、負けるな!






おわり?