BLOODY BLUE 2




青焔魔を倒す。
そう口にして、小さく自嘲する自分に気づく。

どの口で、その言葉を吐くのか。

真っ直ぐに言い放った言葉は、真っ直ぐに俺に突き刺さった。




「何か、元気ないね、兄さん」
「あ?そうか?」

分厚い本を片手に、俺が唸っていると、隣で勉強していた雪男が、突然そう言った。俺は内心で少しドキリ、としつつも、なんでもないような顔をする。そんな俺をじっと見つめた雪男は、はぁ、とため息を付いて。

「兄さんは、嘘つきだね」

はっきりと、そう言い切った。
俺はムッとした顔をして、どこがだよ、と声を低くする。だけど、同時に肯定する自分がいて。
……俺は、嘘を付いている。今、この瞬間でさえ。
それは自分が望んでいることで、後悔なんてしていないはずのなのに。

……―――青焔魔を倒す!

真っ直ぐに、そう言い切った勝呂。知らされた『青い夜』と呼ばれる大虐殺。
あの父親なら、きっと愉しげな顔をしてやったのだろう。そして十六年前、という時期。
恐らく、俺がこの物質界に降りた日。それが、『青い夜』だろう。

『よォ!息子、元気?』

そう言って、晴れやかな再会の言葉を口にした父さん。まさか藤本神父の体を借りてこの物質界にやって来るとは思ってもみなくて、驚いた。
そして、あの瞬間、全てを思い出して。
ニヤリ、と父さんは愉しげに哂う。

『ハッピーバースディ♪』

父さんは上機嫌だった。そして、俺を助けるために自殺した藤本神父を哂って、消えた。
俺も、信じられなかった。

『こいつは俺の息子だ……!返してもらおうか!』

そう言い切って、己の胸を貫いて死んだ藤本神父。
本来、聖職者は自殺してはならない。それはどの罪よりも重い大罪とされ、自殺した者は天に召されることなく、地獄の苦しみを味わうとされている。
それはあくまでも人間が作り出した虚像だけど、聖職者なら身に染み付いている教えのはずだ。
それを、藤本神父は迷いもなくやってのけた。息子と呼ぶ、俺を守る為に。

なんて、馬鹿な人だろう。でも、そんな馬鹿な人が俺はすきだった。
それは悪魔になっても、例えいつか皆を裏切ることになったとしても、変わらない。
あのひとは、俺にとっての憧れだった。



「兄さん……?」

怪訝そうな雪男の声で、我に変える。あ、と思った瞬間には、雪男は顔をしかめていて。

「ほら、やっぱり兄さんは嘘つきだ。……何か、悩みごとでもあるんでしょ?」
「……」
「別に、悩むなって言ってるわけじゃないんだけどね。ただ、兄さんが元気がないと、僕が調子狂うからね」
「どういう意味だよ、それ」
「そのまんまの意味だよ。そんなことも分からないの?」

馬鹿だね、といつものように言われて、俺は黙り込む。そんな俺に、雪男はほんの少し、目元を緩めて。

「最近、兄さんが夜に魘されてるの、分かってる?」
「……え」

俺は驚いて、雪男を見た。雪男は真っ直ぐに俺を見ていて、気まずさから俺は目線を逸らす。
……まさか、気づかれていたなんて。

「このところ毎晩、魘されてるよね。僕が気づかないと思った?」
「そ、それは……」

口ごもる。
正直、雪男には気づかれていないと思っていたから。
悪魔として自覚して、記憶も蘇って、でも変わったことといえば、それくらいで。
十五年間、人間として育った俺は、悪魔としての意識と人間としての自我に苦しんでいた。頭ではちゃんと理解しているんだ。自分は悪魔で、人間の敵で、正十字騎士団を滅ぼす、武器なのだと。
……解かっていても、判らない部分もあって。

心まで悪魔になれたら、どんなにいいだろう、と。
そうしたら、全部捨てられた。
新しくできた仲間や、俺を指導してくれる人たち、そして、実の弟。
たいせつなものを、ぜんぶすてて、本当の意味で悪魔になれたのに。

この場所には、大切なものが、できすぎて。

「……―――ッ」
「兄さん……」

す、と頬を伝う、冷たいソレに自分で驚いて。
あぁ、俺は泣けるんだ、と心のどこかで安心した。

「泣かないでよ、兄さん」

困ったように雪男は笑って、俺の頬に手を伸ばして、そっと撫でる。
少しだけ冷たくて、でも暖かいてのひら。
俺は少しだけその手に擦り寄って、そっと目を閉じた。

……ごめんな、雪男。


俺は、いつかこの手を、裏切る。




ヒュオオ、と風を切る音がする。俺はキラキラと光るネオンの光を見下ろして、ぼんやりと綺麗だな、と思う。
ヒトが、この世界で暮らしている、証拠だ。
まるで玩具箱をひっくり返したようだな、と詩的なことを考えていると、隣に気配を感じて、俺はちらりとそちらを見た。

「……、話ってのは何だ、メフィスト」
「おやおや、随分と不機嫌そうですね、末の弟は」
「……その表現は止めろよ。俺は、お前の弟じゃない」

ふふ、と愉しげに笑ったメフィストは、そうですか、と飄々とした態度を崩さない。俺は苛ついて、チッと盛大に舌打ちする。
そんな俺に、メフィストは笑みを深めて。

「感傷は済みましたか?」

そう、問う。
俺は無言のまま、その問いに返した。
これは、確認だ。
俺が青焔魔の息子として、悪魔として、人と対立する決意をしたか、という。
随分と優しいことだ、と内心で毒づく。他に選択肢がないと分かった上での問いだと知っているくせに。

「……そうですか」

それはそれは、とメフィストは嬉しそうでもなく、ただ淡々と言った。俺はじっと下界を見下ろして、目を細める。
この世界を、父親である青焔魔は望んでいる。そしてその為に、俺が生まれた。
それが、俺の存在意義だというのなら。

「俺は、悪魔だから。……人間では、居られないさ」

最初から、分かっていたこと。
だったら、俺は逃げずに立ち向かう。
俺の、運命ってヤツから。

「そうですね、貴方は悪魔だ。上位級の悪魔の血を引く存在です」

カン、と固い音を立てて、ソイツは現れた。一見して普通の男だが、気配が違う。恐らく、悪魔が憑依しているのだろう。そして、その姿に俺は目を細めて。

「……アマイモン、『地の王』、か。……なんで物質界にいるんだ?」
「おや、久しぶりの兄弟の再会だというのに、そっけないですね。若君」
「……その名で呼ぶなって」

俺が毒づくと、アマイモンは頭に?マークを飛ばしていた。楽しいことには聡いくせに、こういうことには鈍感。まさに悪魔の典型ともいえる性格をしているアマイモン。
厄介なヤツが来たな、と思いつつも、一番メフィストに懐いているのは八候王の中でアマイモンだから、仕方ないとも思えた。他の奴らは、素直に言うことを聞く性格ではないし、うっかり他の奴らを殺しかねない。

「それより、ボクが呼ばれたということは、そろそろ時期だということでしょうか、兄上」
「そうだ。……末の弟が継いだ父上の焔を、本格的に覚醒させる」

そして、俺が確実に焔を操れるようになった、その時。
……正十字騎士団は、いつかの「青い夜」を再現する舞台となる。

「……―――」

俺は青い焔が揺らめくその夜を思って、ぐっと手のひらを握り締める。



悪魔である俺が願うのは、筋違いだと分かっているけれど。
どうか。
この世界に、神と呼ばれる存在が居るとするのなら。

俺という悪魔から、この世界を、大切なひとたちを、守って欲しい。


……遊戯の舞台は、静かに幕を開けた。


滑稽かつ狡猾で、悪魔でありながら人として生きる道化を、主役として。




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