BLOODY BLUE 3




いつだって、覚悟していたつもりだった。
悪魔である俺の居場所は、ここじゃない、と。



「青焔魔の息子など危険だ!処分しろ!」

俺がアマイモンと暴れた夜、新たに就任したという聖騎士に連れられて、尋問されることになった。大勢の聖職者たちが見下ろす法廷で、俺は転がされて、右足を切断された。
痛みは、一瞬。だけどその瞬間、いつかの雪男の言葉が蘇る。

『いっそ、死んでくれ』

……、あぁ、そうだな、雪男。
俺は自嘲する。右足が熱を帯びて、妙に意識ははっきりしていた。

「私と賭けをしませんか?」

メフィストが壇上に立って、一人芝居をしている。相変わらず役者だな、とその姿を見上げて思った。
今、正十字騎士団は、重要な分かれ道に立っている。
俺を、殺すか、殺さないか、の。
その判断で、今後の正十字騎士団の運命が決まる。だが、この様子では、恐らく。

正十字騎士団は、自らの腹の中に、獣を飼うことになる。いずれ主人を噛み殺す、狂犬を。
そして、彼らは……―――。



「上手くいきましたね、末の弟」
「……」

尋問の後、開放され、シュラの弟子入りをした俺は、元の場所へと戻ってきていた。先ほどまで、ここであの聖騎士とシュラが争って、塾の皆と別れた。

『何にもおかしくなんかない!』

泣きながら、そう言ったしえみ。

『何で青焔魔の息子が、祓魔塾におるんや!』

声を枯らして、そう叫んだ勝呂。

俺はぼんやりとそれらを思い出して、これでいい、と思う。
余計な馴れ合いは、後に支障をきたす。俺は悪魔として、青焔魔の息子として、正騎士団を滅ぼすと決めたんだ。そのためには、今回のことは必要だった。
塾の皆とは、これ以上距離を縮めてはならない。俺は本能でそう察知していたから。

『皆がいるよ、燐』
『味方がおることを、忘れんな』

優しい、優しい、塾の奴ら。その優しさに慣れてしまうのが、俺は怖かった。
だったら、離れるしかない。それが、今回の目的だった。
そしてもう一つ。焔を完全に制御するために、かつての藤本神父の弟子、シュラを利用する。彼女はああ見えて優秀だ。それゆえに勘も鋭く、リスクも高いが、それ以上に彼女の存在は必要だった。
……あぁ、こうやって俺は、武器として成長していくんだな。
俺は淡々とそう考えながら、ニヤニヤと嗤うメフィストを見た。

「メフィスト」
「はい、何でしょう?」
「……、次はどうするつもりだ?」

メフィストは、少し驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと口元を歪めた。

「随分と、あっさりしていますね。あんなに仲が良かった彼らに嫌われたというのに」
「……嫌われるのには、慣れてる。それに、これからもっと嫌われることをするのに、今更だろ?」
「確かに、その通りですね」

貴方は、正十字騎士団を滅ぼす武器ですから、とメフィストは愉しげに嗤う。つくづく嫌味な野郎だ、と内心で舌打ちしていると、メフィストは手に持っていた帽子を深くかぶり直して。

「……―――、次は、不浄王の封印を破ります」
「不浄王って、昔日本で暴れた悪魔のことか?確か、右目と左目が正十字騎士団によって封印されているって聞いたけど……。その目の封印を破るのか?」
「いいえ。不浄王本体の封印です。昔、明陀の者が倒したと伝えられていますが、それは嘘です。不浄王は封印されたまま、眠っている状態です。その封印を、破ります」
「……それじゃあ」
「はい、明陀の座主であり、勝呂君の父親、勝呂達磨を押さえます」
「……」

いいですよね?貴方はもう、彼らとは縁を切ったはずですから。
メフィストは底の見えない瞳で、そう言った。もう既に準備はできている、とも。
準備が出来ているなら聞くな、と毒づきながら、ジン、と右足が疼くのを感じた。



メフィストが立ち去って、俺は何となく寮に帰る気分になれずに、その場でぼんやりとしていた。この数時間、色々なことが一気に起こったから、少し頭の整理をしたかったからだ。

次は、勝呂の父親、か。

俺は勝呂の顔を思い浮かべならが、どんな人だろう、とその姿を想像をした。でも、あんまりはっきりとした想像ができなくて、そりゃそうか、と思う。でも、多分、あんなしっかりした息子が出来たのだから、父親もきっとしっかりした人なのだろうな、と。漠然とした予想だけができた。

「……、は」

悶々としながら、俺は小さく笑う。
どうせもう、止まれない。だったら、そのまま突き進むしかないだろう。
かつて俺の父親が、俺の育ての親である藤本神父を殺したように。
俺は、きっといつか、この手で誰かを殺すのだろう。

「……笑えねぇな、ほんと」

そう言って、俺は笑った。
すると、かすかに足音が聞こえて、俺はそちらの方へと振り向いた。誰が来たのかは、簡単に想像できたから。

「雪男」

真っ黒なコートを風に揺らして、雪男はこちらを見つめていた。じっと俺を見るその眼鏡の奥の瞳が、どこか安心したような、それでいて心配そうな色を宿していて、俺は苦笑する。

「……どうだったの、兄さん」
「ん?まぁ、ぼちぼち、かな」

俺が軽くそう返すと、雪男は眉根を寄せた。ほんと真面目な奴だよな、と俺が感心していると、雪男は少し怒ったような足取りでこちらに向かってきて。

「足、血が付いてる」
「……」

ちらり、と俺の右足を見た雪男は、そう言った。
黒いズボンだから誤魔化せるかな、と思っていたのに。
俺は少し右足を後退させて、色々あったんだよ、と返す。すると雪男は、はぁ、と盛大にため息をついて、俺の足元にひざまづいた。

「足、診せて」
「え?や……、もう治ってるし」
「いいから、診せて」

ぐい、と少し強引に、足を取られる。俺は転びそうになりながらも、左足で踏ん張って、それに耐えた。
雪男は俺の右足から靴を脱がせて、ズボンの裾を少し上げる。現れた足は傷跡一つなくて、さっきまで切断されていたものとは思えない。
悪魔の体ってのは、便利だよな。
俺は自分の足を見下ろして、しみじみそう思う。雪男はそっと俺の足、あの聖騎士が切断したその場所を、ゆっくりと撫でている。俺はくすぐったさを我慢しつつ、あまりの真剣な様子に、声を掛けづらかった。
そうしている内、ぽつり、と雪男が。

「……、傷、綺麗に治ってるね」

と呟いた。俺はそれに、だから言っただろ?と返す。

「昔は、よく怪我をして帰ってきた兄さんを、手当てしてあげてたな」
「あぁ、そうだな。お前、手当てが上手かったもんなぁ」
「それは誰のせいだと思ってるの?」
「あー、まぁ、その……、ごめん」
「別に、謝って欲しいわけじゃないよ。……ただ、何となく、」

そこで言葉を切った雪男。俺はその先を言われなくても、何となく感じ取っていた。
手当てをしていたのは、過去の話で。
手当てをされるのは、もう、ないということ。

それがほんの少しだけ、寂しいなんて思うのは、オカシイことなのだろうか?

何となく切なくて、苦しくて、きゅっと眉根を寄せていると、雪男が少しだけ驚いた顔をして、痛いの?と聞いてきた。
俺はそれに首を振りながら、痛くねぇよ、と返す。すると雪男は、じっと俺を見上げた後、足に視線を落として。

す、と傷があったであろうその場所に、唇を落とした。

「ゆ、雪男ッ!?」

驚く俺を無視して、雪男は唇を寄せたまま、ちゅ、と吸い上げて。赤く残ったその歪な痕を、満足そうに舐めた。

「ん……、ちょ、……おま、え……!」

びく、と体を震わせて抗議する俺に、雪男はにっこりと笑って。

「これは、僕が付けたキズだよ、兄さん」

ほら、ちゃんと痕、残るでしょ?

そう言われて。
俺は少し、頬に熱が集まるのを感じた。全く、なんだってこの弟は、どんな時でも性質が悪いのだろう、と。

「……ちゃんと手当てしろよ」

キズ、残ったらどうするんだよ?と悪態を付けば、一生責任は取るけど?なんてサラリと返されて、口ごもる。畜生、何故か今日は、勝てる気がしない。

足に残ったキズ痕は、きっとすぐに消えてしまうだろう。
それでも、きっと。


心に残ったこのキズだけは、一生消えやしないだろう。





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