BLOODY BLUE 4




軽快に笑うその人は、かつてのあのひとを思わせた。



「私が勝呂竜二の親父や」

そう言って、にっこりと満面の笑みを見せたその人は、俺の想像とは少し違っていて、でも、あぁ、この人は勝呂の父親だな、と納得できる人だった。
なんとなく、纏う雰囲気が似ているのだ。だけど勝呂よりもずっと大人で、その背中には言い表せない何かを背負っているようにも思えた。

「んんーーーーー!」

俺は悶々と目の前の三本蝋燭を見つめながら、昼間会った勝呂の父親、勝呂達磨について思い出していた。
あの人が、この妙陀の座主。確かに、そう思わせる『何か』がある。だが、周りは達磨の上辺だけの態度を見て、明らかな反感を覚えているようだった。それはこの京都支部の内部分裂を起こす寸前までいっているようで、好都合だ、と俺は思った。
この京都支部に来る前に顔を合わせた、悪魔落ちした祓魔師、藤堂の働きで既に『左目』は確保できている。そして内部分裂寸前で内輪もめに忙しい『右目』を管理する京都支部。
簡単だ。もう既に、『右目』はこちらの手に渡ったも同然だ。

だけど、と、蝋燭三本が燃え尽きるのを横目に、俺は考える。
あの勝呂達磨だけは、油断できない。それに何となくだが、あの藤堂も他に目的があるように思うのだ。『不浄王』以外にも何か。

「んんん……」

俺は蝋燭を三本立てては、じっと集中する。意識は蝋燭へ、思考は今回の不浄王へ向けて。だけど考えれば考えるほどこんがらがって、蝋燭の灯も点かなくて。

……―――、考えたところで、全てメフィストの筋書きの上、か。

俺は苦笑する。そこで思考を中断させて、蝋燭に火を灯すことだけに集中することにした。



ポッ、という音を立てて灯った二つの焔。俺はそれを眺めて、あぁ、点いてしまったな、と呆然とした。
……こうして俺は、徐々に『武器』に近づいていくんだ。
内心でほんの少し苦々しく思っていると、支部の方で爆発が起きた。急いでシュラと共に支部に向かった俺は、そこで揉めている勝呂と父親の姿を見つけた。
どうやら支部の中の誰かが裏切って、『右目』を奪って行ったらしい。人ごみの向こうでそのやりとりを聞いていた俺は、次の瞬間思考を止めた。

「アンタは金輪際、父親でもなんでもないわ!」

俺はその言葉に、カッと内の焔が燃え上がるのを感じた。
それはかつて、俺が父親と思っていたひとに向けた言葉だった。そしてその言葉を受けたそのひとは、俺を守って死んでしまった。
俺の父親は、本当はそのひとではなくて。青焔魔と呼ばれる悪魔だけれど。
でも、それでも十五年間、そのひとと過ごしてきた思い出は消えないから。

『燐!また喧嘩してきたのか!?』

『燐、俺はお前には将来、仲間にたくさん囲まれて、女にもモッテモテのカッコいい人間になって欲しいんだ』

父さん、とその人のことを呼ぶことは、もうできないけれど。
それでも、あの人はあたたくてやさしいひとだったから。
そんなひとを、俺は死なせてしまったから。

俺は衝動のままに、動いていた。
自分が悪魔だとか、武器だとか、そんなことは考えずに、ただ。
あの日の自分を、止めるように。

「父ちゃんに謝れ!今すぐに!」

そうじゃなきゃ、きっと、後悔するから。
俺が、そうだから。

だけど、俺の思いとは裏腹に、二人はそのまま別れてしまって。
俺は焔を出したことで、独房に入れられてしまった。



ほの暗く、冷たい独房の中。
俺はぼんやりと灯る電灯を見上げた。格子に囲まれたこの場所は静かで、俺はようやくこの状況を冷静に考えることができた。
これで、勝呂とも完全に決別しただろう。志摩は優しくてイイヤツ(カッコ悪いけど)だから、俺と仲直りしてくれたけれど、勝呂と完全に決別したと知れば、離れていくだろう。
結果的に、これで良かったのかもしれない。結局のところ人の心は移ろいやすいし、分かり合えないことだってある。俺と塾の連中は、元々そんなに親しい間柄じゃなかったし、細い糸で繋がれたような関係だったんだ。
さっき灯った蝋燭の焔。それはきっと、その糸を焼き切るためのものだったんだ。
俺がそんなことを考えていると、カツン、と足音が聞こえて。真っ直ぐにこちらに向かって来た足音は、俺の目の前で止まった。

「少しは頭冷えたか?」
「シュラ……」

俺が顔を上げると、シュラがこちらを見下ろしていた。少し痛む頭を堪えつつ起き上がると、読んでみろ、と一通の手紙を渡された。差出人は勝呂達磨。
俺はドクン、と心臓を高鳴らせた。彼が一体、俺に何の用だ?
少し緊張させながら、俺は手紙を開く。どこか油断ならない雰囲気を持つあの人だ。もしかしたら、俺のことを見抜いている可能性がある。
そう思いながら開いた手紙だったけれど、まるで暗号のようなその文字に、目が点になる。
読めない。
途方に暮れていると、シュラが雪男を呼んでいた。連絡を受けた雪男はすぐにやって来て、独房にいる俺を見下ろして深くため息をついていた。

ごめんな、雪男。

俺はその姿に、内心で謝っていた。



勝呂達磨の手紙には不浄王の真実と、そして、俺に降魔剣で不浄王を倒して欲しいという願いが書かれていた。他にも俺の知らなかった藤本神父との繋がりを知ることができて、少し胸が痛んだ。
手紙によれば、藤本神父は降魔剣で子供を殺す、と言っていた。その子供というのは、十中八九俺のことだろう。
だけど、その辺りの事情は知らないが、結果的に勝呂達磨の言うように、降魔剣で俺を殺すことはなかったのだろう。だから、俺は今生きている。
そして勝呂達磨の申し出は、俺にとっても歓迎すべきことだった。とにかく、この独房から出る必要がある。そして恐らく不浄王が復活すれば、倒せるのはこの降魔剣に焔を宿すことのできる、俺だけ。
なるほど、メフィストの狙いはこれか。俺は納得する。
俺の焔を高めるために不浄王の封印を破り、退治させる。それによって俺はさらに焔の力を高めることができるし、不浄王を倒したことで正十字騎士団に俺が悪魔祓いとして使えると思わせることができる。
全く、つくづく喰えないピエロだ、と俺は内心で苦笑する。
お前は、どうしたい?と聞いてくるシュラに、俺は助けたい、と応えた。もっともらしい理由を付けたけれど、それは本心でもあり偽りでもある。
もう、全く関係のない他人になってしまったとしても、目の前ですれ違ってしまったあの二人の関係だけでも、修復して欲しいから。それが俺にできる、仲間だった奴らに対する最後の慈悲だから。

そう思いつつ、差し出された剣を手に取る。手に馴染むソレは、いつもより重く感じて。
柄に手を掛ける。そしてぐっと引き抜こうとして、違和感を覚えた。

「あれ……?」

抜けない。
俺は焦って、力を込めて引き抜こうとした。だけど柄と剣はまるで接着剤でくっついたように離れなくて。
呆然とする俺にシュラは淡々と、怖いんだろ?と見透かしたような目でそう言った。
怖い?そんなはずはない。
俺は武器としてここにいる。それに今更後悔なんてしないし、誰かを傷つけることに恐怖なんて覚えない。なぜなら、俺は悪魔だから。そういった感情は、父親と再会したあの日に無くなったはずだから。

だとしたら、何故?

どうして、抜けないんだろう……?



降魔剣が抜けなくなった俺は、とりあえず独房に入れられたまま、剣と向き合っていた。

『とにかく今は、よく考えてみろ』

そう言って去っていったシュラ。少し心配そうに俺を見下ろしていたけれど、任務の途中だということで一緒に行ってしまった雪男を見送って、俺はじっと剣を見下ろす。

剣は何も語らない。
この剣には、俺の焔、つまり父親である青焔魔の力が封印されている。そして剣は虚無界の出入り口、鞘はその扉の役目をしている。
それが抜けないというのは、つまり。

「……いい加減出てきたらどうだ。………、メフィスト」

俺はそこまで考え付いて、苛々しつつ独房の暗がりを睨む。するとその空間がぐにゃりと歪んで、メフィストがニヤニヤと笑いながら姿を現した。
メフィストは、おや、お気づきでしたか、と飄々と言ってのけて、俺は更にイラっとした。

「とぼけんな。俺が気づいているって知ってたくせに。……それに、剣を抜かなくしたのもお前だろ」
「どうしてそう思うのです?」

まるで試すように言葉で遊ぶメフィストに、俺は冷静になれ、と自分を落ち着かせて。

「この剣は、刀身は虚無界への扉、鞘は扉の役目を果たしている。その鞘が抜けないってことは、その扉に鍵がかかっているからだ。そして、そんな鍵を掛けられるのは、たった一人。メフィスト、お前だけだ。元々この剣に俺の焔を封印したのもお前だったのなら、鍵を掛けるくらい、たやすいことだろ」
「なるほど、我が末の弟は冴えていらっしゃる。ですが、だったら何故、私が鍵を掛けたのか、理由は何だと思います?」
「……あの場で剣を抜いたとしても、俺は独房の中だ。そして手紙があるとはいえ、今は不審を買っている勝呂達磨の声が支部の連中に通用するとは思えない。恐らく、不確かすぎる情報だと言われるのがオチだ。だったら、俺は剣の抜けないただの人間だと思わせておいて、時期を待っておいた方がいい。……正十字騎士団の信用を、確実なものにする為に。……―――そうだろ」
「ご名答。……何事も、演出は派手にしなければ、観客の心は掴めないのでね」

ニヤ、とあくまは哂う。

「しかし、そう遅くはないですよ。もう既に、藤堂からは不浄王の封印を解いたという連絡がありましたし」
「……!なるほど?そうして復活した不浄王に、この支部を襲わせるつもりか。そして、それを俺が助ける、と」
「大幅な筋書きはその通りです」
「は!そうして、俺をこの支部を救った英雄にでもする気か。メフィスト・フェレス」

俺は吐き捨てる。最悪の演出シナリオだ、と。
だがそれさえも、あくまにとっては最高の褒め言葉のようで、大袈裟な動作で俺に一礼した。

「お褒めに預かり光栄ですよ、我が末の弟。せいぜい上手く演じて下さいよ?この舞台に上がったのは、紛れもなく貴方自身の意思なのですから」

メフィストはそう言って、フッと消えて行った。俺は誰も居なくなってしまった空間を睨みつけていたものの、すぐに馬鹿らしくなって視線を降魔剣クリカラに移した。

「俺自身の意思、か」

確かに、その通りだ。
俺は自分が悪魔だと認めて、自分の意思で正十字騎士団に対抗する為の武器になることを選んだ。
なのに、最近ではそれを迷うようになっていたのも、正直な所で。きっとメフィストは、そんな俺に釘を刺す意味でも降魔剣に鍵を掛けたのだろう。
逃げるな、と。戦え、と。お前は、自分でこの茨の道を選んだんじゃないのか、と。

俺はぐっと降魔剣を握り締める。そして、ギッと格子の外を睨みつけて。

「やってやるよ……。今はお前の遊戯に踊ってやる。だが……」

俺がいつか、この焔を完成させた、その時は。

「俺は、全てを裏切って見せるさ。そしてこの遊戯を、喜劇に変えてやる」

睨みつけたその先で、ニヤリ、と空気が歪んだ気がした。





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