無事とは言いがたいものの、土方を救出して。
土方を乗せた辰馬の車は、病院へと走った。途中で救急車とすれ違ったけれど、多分、犯人たちが乗せられるのだろう。
「……金時」
後部座席に乗って、ただ土方の肩を抱く俺を、辰馬は心配げにルームミラーから視線を送ってきた。俺はそれに、小さく頷いて返した。
「大丈夫だ。まだ熱とかは出てないし、特に酷い外傷もないみたいだ」
「そうか……」
少しホッとしたような顔をして、辰馬は再び前を向いた。俺はぎゅっと土方の肩に回した腕に力を強めた。
俺がもっと早く気づいていれば。土方が一人でこんな風になってしまうことはなかったかもしれない。そう思うと、悔しくて仕方ない。
悔しくて、情けない自分に泣けてきそうだ、と思った。
結局、病院まで土方は気を失ったままだった。
事前に電話で大方の事情を聞いていたのだろう、あの顔に傷のある医師が土方の体をざっと見て、眉根を寄せる。そのまま診察室へと運ばれて、俺は大人しく外で待つことになった。
「……銀時」
「ヅラ」
辰馬から呼び出されたのか、松陽先生の病室にいたヅラがやって来た。
「土方の様子は、どうだ」
「……まだ診察中だ」
「そう、か……」
ヅラが眉根を寄せて、診察室の扉を見た。土方のことを、ヅラなりに心配しているのだろう。
「沖田を呼んでおいた。色々とあるだろうが、居てもらったほうが何かと良いだろうと思ってな」
「……あぁ、そうだな」
沖田君のことだ、すぐに来るだろう。あの赤い瞳を心配そうに揺らして。態度はいつもどおりだろうけど。
そこまで考えて自嘲する。土方にとって俺はあくまでも「クラスメイト」。幼馴染という立場にいる沖田君と比べれば、過ごしてきた年月が違う。それに嫉妬する自分がいて、こんな時にロクなこと考えないな、と自分でも思う。
「旦那方!」
そんなことを考えていると、沖田君がやって来た。慌てた様子で、土方さんは、と問う。
ヅラはちら、と診察室を見て、首を振る。
「土方はまだ診察中だ。それにしても早かったな、帰ったんじゃなかったのか?」
「いえ、友達の家に行っていたもので……」
沖田君は背後を見た。そこに立っていた人物に、俺は首を傾げる。そんな俺に気づいたのか、沖田君が一歩下がって。
「紹介しやす。俺の幼馴染の近藤さんでさァ。土方さんとも幼馴染でして、ずっと一緒に土方さんの行方を探していたんです」
「……、へぇ、土方の。っていうか、ただのゴリラじゃね?」
「や、確かに近藤さんはゴリラっぽい顔をしていますが、知能は人間並みですぜ」
「ふぅん、すごいね」
「ちょ、本人を前に酷くね!?」
ゴリラはちょっと傷ついたような顔をしたものの、すぐに真面目な顔をした。ゴリラは真面目な顔をしてもゴリラだな、と思っていると。
「お前たちが、トシのクラスメイトらしいな。それに、バンドをやっていることも総悟から聞いた。……トシのことも承知してくれている、とも」
「……」
俺はピクリと眉を吊り上げた。土方のことを自然と「トシ」と呼ぶゴリラ。だけど沖田君は普通にしていて、ゴリラが「トシ」と呼ぶことが、特におかしなことではないのだということを現していた。
それが少々気に入らない。何だこのゴリラ、とゴリラを睨んでいると、ゴリラはいきなり勢いよく頭を下げた。
「すまねぇ。そして、ありがとう。トシのこと、助けてくれて」
その真摯な声に、俺はますます眉根を寄せた。少々不機嫌な声になるのを自覚しながらも、別に、と返す。
「俺はお前に頼まれて助けたわけじゃねー。テメェに礼を言われてもね」
「それでも、だ。俺はトシのことが大事だから、友人として、トシを助けてくれたことに礼を言いたいんだ」
「……」
真っ直ぐな言葉に、俺はぶすっとする。あくまでも友人として、という立場を崩さないゴリラに、勝手に嫉妬した自分が何となく恥ずかしいからだ。
「ありがとう。……トシは昔から、一人で何でも片付けようとする癖があったから、心配していたんだ。お前たちがいてくれて良かった」
「いや、俺たちも最近知り合ったばかりなんだ。俺にいたっては、話したこともあまりない。礼を言うなら、そこの天パに言ってくれ」
ヅラが俺を指してそう言う。ゴリラはそれを受けて、素直に、そうか、ありがとな、と言う。
俺はそれにそっぽを向いて。
「ゴリラにお礼言われる筋合いはねーっての」
「だから、本人を前に酷いよね?アレ?俺たち初対面だよね?」
「俺はこんなゴリラの知り合いなんていねーよ」
「旦那ァ、あまり近藤さんを苛めないでくだせぇよ。こう見えて近藤さんは繊細な心の持ち主ですぜィ?」
「ゴリラなのに?」
「……泣いていい?」
ちょっと半泣きなゴリラを無視して、俺は診察室の前に立つ。
土方。
土方。
こんなにも、お前を心配してくれる奴がいるんだな。
ちょっと悔しいけど、でも、嬉しいんだ。ゴリラや沖田君みたいな友達が、お前の傍にいたことが。
だけど、同時に思う。
こんなにいい奴らだったから、余計に。
土方は、自分の都合に巻き込みたくないと思ったんだろう、と。
こつん、と診察室の扉に額を付ける。
……ひじかた。
すきだよ、という言葉は、音になることはなく、喉の奥で消えた。
しばらくして、診察室の扉が開いた。顔に傷のある医者は、命に別状はないことを話してくれた。
「しばらくは安静です。そうしていれば、きっと身体は良くなる」
俺はそれを聞いて、ホッと肩の力を抜いた。他の奴らも同じような顔をしていた。
「……中に入っても、大丈夫ですか」
俺はそう聞くと、先生は小さく頷いた。
「今は眠っています。起きたら、すぐに呼んでください」
そう言って、先生は立ち去った。俺はそれを見送って、診察室の扉をじっと見る。そして、ドアノブに手をかけた。その手が震えていたけれど、ぐっと唇を噛んで堪えた。
ガラ、と扉を開けると、ベッドの上に土方が眠っていた。少しだけ青白い顔色だったけれど、すうすうと良く眠っている。その顔に、俺は本当の意味でホッとした。
良かった。本当に、良かった。
俺は土方の傍らに立って、点滴をしていない方の手を、そっと掴んだ。
……温かい。
小さなその温もりを確かめるように、俺はぎゅっとほんの少しだけ力を込めた。
すると、それが伝わったのか、土方の手がピクリと動いて。
「……、」
ハッ、と土方の顔を見ると、フルリと瞼が動いてゆっくりとその瞼が開いた。
「土方……!」
俺が呼びかけると、ぼんやりとした表情を浮かべた土方が、こちらを向いた。ぼぅ、とした瞳が徐々に光を宿る様を、俺は瞬きせずに見つめていた。
どき、ん。どき、ん。と心臓の音が煩い。
「ひじかた……」
俺が囁くようにその名を呼ぶと、土方は俺を見上げて小さく笑った。坂田、とその目が俺を呼ぶ。それが、堪らなくて。目頭がひどく熱かった。だけどそれを我慢して、良かった、目を覚まして。そう言おうとした、その時。
「トシぃいいいい!」
盛大なゴリラの鳴き声が響いて、俺はビクッと肩を震わせた。振り返ると、ゴリラが盛大に号泣していた。そのゴリラの姿に、土方はハッとしたような顔をして。
「……―――」
口を、パクパクとさせた。だけど、それは音にはならなくて。
え、と土方が目を見開いた。俺も、その様子に固まった。
土方が、点滴を打っている方の手で唇をなぞる。ぱく、と口は動いているのに、空を発するばかりで。
まさか、とその場の誰もが思った。
目を見開いたまま唇に手を置いた土方が、俺を見上げて。
さ か た。
そう、音のない声で呼ぶのを聞いた。
まさか。まさか。まさか。
俺は、ザッと全身の血が引くのを感じて、土方の手を握る自分の手が震えているのを感じた。
まさか、そんな……―――。
「こえ、が……」
……―――、出ないのか。
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