三月九日。3




俺とヅラが向かったのは、辰馬の事務所だ。『快援隊』という名の、主に音楽関係の生産販売をしている会社の社長で、自社でもアーティストを持つほどの大手だ。
その事務所の一角、CD等の録音をするスタジオに案内されると、中にはドラムの高杉が揚々と座っていた。俺とヅラに気づくと、遅せぇ、と文句を垂れる。

「いつも遅刻してくるのはテメェの方だろうが。今日は珍しいじゃねーか」
「仕方ねぇだろ。あの馬鹿が学校の門で待ってたんだぜ?『晋助は遅刻魔じゃき、待っとったぜよーあははー』じゃねぇよあのモジャ」
「……」

チッと軽く舌打ちしつつも、どこか口調のわりに嫌がっている様子は無い。
この、ある意味一番の問題児である高杉は、意外と辰馬との相性はいい。多分、末っ子気質の強い高杉だから、長男気質の辰馬とは上手い具合に調和が取れるのだろう。
俺とヅラが苦笑していると、ようやく辰馬が現れた。モジャモジャとした黒髪に、サングラス、派手な赤いシャツを着た男は、俺たちを見て、あはは!と笑った。

「やっと揃ったのぉ!これでようやくボーカルを紹介できそうじゃな」
「うっせーよモジャ。早くしろよモジャ」
「モジャはお主も同じじゃき。人のこと言えんぜよ。あはははは!」
「分かったから!分かったから早くしろよ」
「おーそうじゃな」

 おーい、入るきに、と辰馬は入り口の方へ声を掛けた。俺たち全員が注目する中、コツン、と軽い音を立てて現れたのは、恐らく高杉と同じ身長くらいだろうか、小柄な男だった。女受けしそうな、幼さを残しながらも均等の取れた綺麗な顔立ち。サラサラの亜麻色の髪と、大きな赤みがかかった瞳。
俺がまじまじと観察するような目を向けると、それに気づいたのだろうか、男は俺を見据えて小さく口元を吊り上げた。
……、得体の知れない野郎だ。
俺はその笑みに、即座にそう思った。

「紹介するぜよ、コイツは沖田総悟。顔立ちはこんなんじゃが、年はおまんらと同じじゃ」
「……へぇ。それで?コイツがお前が推すボーカル候補なワケ?」
「そうじゃ。まぁ、詳しいことは後にして、とにかく歌を聞いて貰った方が早いじゃろ」

じゃ、よろしくーあはははは!と沖田君の背中を押す辰馬。沖田君はちらりと辰馬を見上げて、やれやれという顔をした。そして、スタジオの中へと入っていく。

「アイツ、一言も喋らねぇな」
「そりゃそうじゃ。おまんらは声だけで大体どんな歌を歌うか予想が付くじゃろ?それじゃあ意味が無かけんの。歌うまでは一言も喋らんと、沖田自身が言うちょったんじゃ」
「なるほど。中々の的を射ているな。あの男、あなどれん」
「……」

ヅラが感心する中、俺はふと土方のことを思い出した。
確かに、俺たちは音楽に精通しているから、普段の声を聞けば大体の上手い・下手が分かる。これまで誘ってきたクラスメイトだって、半ば賭けに近かったのだ。もしかしたら、予想を外してくれる人がいるかもしれない、と。
だが、結局そんな人は現れなかった。……土方の声を、聞くまでは。
確かに、普段の土方の声をあまり聞いたことが無かった、というのも、ある。
クラスメイトだが特に話すことも無かったし、土方自身がクラスで喋ることなんてほとんどなかったから。
それでも、予想外すぎた。土方の声は。

どこか懐かしいような、切ない響き。
何となく、あの声をどこかで聞いたような気がするのだ。
どこでだったのかは思い出せないし、気のせいかもしれないけれど。

「準備はいいかの?」

辰馬の声で、我に返る。スタジオに入った沖田君が、マイクの前で一つ頷いた。

「歌は、何を歌うんだ?」

俺は上の空だったことを誤魔化すように、辰馬の隣に立ってそう聞いた。
ほんの少しの、興味から。すると辰馬はそんな俺を見透かしたように笑って。

「『三月九日』、じゃ。沖田の思い出の歌らしくての。一番得意な歌らしい」

俺は、息を飲んだ。まさか、土方と同じ曲を歌うなんて、と。
内心で驚いている俺に気づくことなく、辰馬は音響の操作をする。
ゆるりとした伴奏が聞こえて、俺はじっと沖田を見つめた。


『 流れる季節の真ん中で
  ふと日の長さを感じます
  せわしく過ぎる日々の中に
  私とあなたで夢を描く 』


ゆるり、と沖田君は瞼を閉じる。温かくも切ない響きを持つアルトが、スタジオ内を震わせる。

その切ない声に、俺は土方と似たモノをみた。
声の調子も、響き方も、全く違うのに。
何故だろう?二人とも、声が泣いているような気がして。
俺は、あの時と同じように、シャツの胸元を握り締めた。




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