三月九日。4




音が止んで、スタジオ内に沈黙が降りる。
沖田君はヘッドフォンを外して、硝子越しの俺たちを見た。

『旦那方、どうですかぃ?俺の歌は?』

マイクから響くアルトに、俺はヅラと高杉を振り返る。ヅラはじっと腕を組んだまま俯いていて、高杉は椅子に踏ん反り返ったままだ。

「……ヅラ、高杉」

どうだ、と俺は目で二人に尋ねる。するとヅラは俯いていた顔を上げて。

「……いいんじゃないか?どちらにしろ、俺たちには時間がない。もう、他のボーカルを探している暇はないんだ。あの男なら、合格点だろう」

そう言って、頷くヅラ。俺はそれを見止めて、高杉に目を移す。高杉はゆるりと椅子から立ち上がって、マイクの方へと近づいた。

「オイ、チビ」
『なんですかぃ、チビ』

なんて不毛な会話だ。
俺は高杉の横顔を胡乱下に見る。何を言うつもりだ、このチビは。

「テメェ、音楽は好きか」
『……』
「「!」」

俺とヅラは高杉の言葉にハッと目を見開く。
そして二人で顔を見合わせた後、沖田君を見た。
沖田君は、じっと硝子越しに俺たちを見て。

『何当たり前のこと言ってんです?じゃなきゃ、ココに俺は立ってねぇですぜ?』

そう言って、ニヤリと笑った。
その答えに満足したのか、高杉も同じようにニヤリと口元を歪めて。

「そうかい。なら、いいんじゃねぇの?」

と、そう言った。



それから、ようやく決まったボーカルの沖田君と、色々と話をした。辰馬は仕事があるとかで、後は若いもん同士であはははは、とか何とかいって去っていった。
スタジオ内で、それぞれ椅子に座って自分たちのことだとか、学校のこととかを話していくうちに、俺はふと、亜麻色の髪に目が止まった。すると目ざとく俺の視線に気づいた沖田君が、こちらを向いた。

「どうかしやしたか、旦那?」
「や……。何か、その髪の色に見覚えが……」

 どこだっけ、と俺が首を傾げていると、沖田君は合点がいったのか、あぁ、と手を打った。

「それはきっと、俺の姉上でしょう」
「姉?お前、姉ちゃんがいるのか?」

高杉が意外そうにそう言うと、沖田君はほんの少し目を伏せて、小さく笑った。

「えぇ。正確には、いた、の間違いですけど」
「……ソレって」

まさか、と俺が言おうとしたが、先にヅラが何かを思い出したかのように、あぁ!と声を上げた。

「亜麻色の髪に、沖田って。まさか、姉っていうのは、『沖田ミツバ』か?」

ヅラがそう言うと、沖田君はへぇと一つ頷いた。

沖田ミツバ。

俺もその名には覚えがある。三年くらい前にヒットした歌手で、綺麗な髪と顔立ち、そしてその歌唱力から、歌姫とまで呼ばれた女だったはずだ。
でも、確か沖田ミツバは……―――。

「元々、生まれつき体が弱い人だったんです。それを、ブームしたからといって事務所に無理をさせられて。まぁ、それでも姉上は幸せだったんでしょう。死ぬ直前、最後のステージで歌ったのが、今日俺が歌った『三月九日』だったんですよ」

だから、と沖田は言う。
この歌が、すごく大切なモノなんだ、と。
俺は、そう言って笑った沖田君を見て、強いな、と思った。多分、高杉とヅラも同じようなことを思っているに違いない。
何故なら、沖田君の過去は、俺たちにもいずれ起きることなのだから。



どことなくしんみりした雰囲気のまま、俺たちは解散となった。詳しい調整はまた後日、ということにして。
俺は、ようやく見つかったボーカルにホッとしつつも、心のどこかで引っ掛かりを覚えていた。咽の奥に、小骨が刺さったような、そんな、引っ掛かりを。
それが何なのか分からないまま、俺は自宅へと帰ろうとした。すると、背後から旦那、と俺を呼ぶ声が聞こえて、振り返る。

「沖田君」

さっきそこで別れたはずの沖田君がこちらに向かってきて、俺はどうかしたのかと首を傾げた。沖田君は立ち止まった俺の前まで来ると、ちょっといいですかぃ?と言った。

「いいけど……歩きながらでいい?」
「構いやせん。どうせ俺もこっちなんで」
「そう」

俺と沖田君は連れ立って歩き出す。さらり、と揺れる亜麻色の髪に、俺はなんとなく目を逸らした。

「旦那。……旦那は、どうしてギターを?」
「どうしてって……」
「俺は、姉上に追いつく為でした。いつか必ず姉上と二人で、同じ舞台に立ちたくて、歌を歌い始めやした」
「……」
「それは、叶えられることはなかったけれど。でも、俺は姉上と同じ場所に……同じ舞台に、立ちたいんです」

姉上には、内緒ですけど。と沖田君は笑う。
俺はその笑みに小さく笑い返して、そうだな、と天を仰いだ。
夕暮れに赤く染まり、紺色とのグラデーションを刻む空に、たった一つ、星が光っていた。

「そのうち、話してやるよ。俺、いや、俺たちがバンドをしている、理由ってやつを」
「それは、今じゃねぇんですかぃ?」

ほんの少し、残念そうな顔をする沖田君に、俺は苦笑する。

「あぁ。でも、いつか必ず、話してやるよ」
「……」

そうですか、と沖田君はそれ以上聞いては来なかった。
そして、話を変えるように沖田君が、そういえば、と言い出した。

「旦那、銀魂高校でしたよね?」
「ん?そうだけど?それが何?」
「いやあ、実はコレが本題でして。……実は銀魂高校に、俺の幼馴染というか、腐れ縁というか、ぶっちゃけ死ねばいいって思っている野郎がいるんでさァ」
「へぇ?」

言葉の内容は辛辣そのものだが、口調は穏やかだ。きっと、その幼馴染のことが本当は大切なのだろう。憎まれ口の裏に隠れたその感情は、ひどく子供っぽくて、俺は内心で笑った。

「その野郎っていうのが、俺たちに黙って転校しちまった薄情野郎でして。旦那、すみませんが、探すのを協力してもらえやせんかね?」
「や、でも、全学年から探すのはちょっと……」

面倒だな、と俺が引こうとすると、沖田君は大丈夫でさァ、と自信ありげに言い切って。

「ソイツ、俺たちと同じ年なんで。2年だけ探せばいいだけです。それにソイツは中学の頃に結構モテてやしたからね。きっとすぐに見つかりまさぁ。死ねばいいのに」
「あ、そう……」

これは、どうも断れそうに無いな、と俺が諦めモードに入っているのを見越して、沖田君はもう一度、頼みまさァと言った。
俺は頭を掻きつつも、しょうがねぇな、今度なんか奢れよ、と約束を取り付ける。

「んじゃ、頼みましたよ、旦那」

そう言って去ろうとする沖田君を、俺は慌てて呼び止める。

「ちょ、待てよ。俺、ソイツの名前、聞いてないんだけど?」
「アレ?そうでしたっけ?」

すみませんね、と悪びれた様子もなく飄々と言い切った沖田君に、ちょっとイラっとする。
んで?ソイツの名前は?と若干切れ気味に聞くと、沖田君はニタリとドS級の笑みを浮かべて。

「ソイツの名前は、バカ土方マヨ十四郎っていうんでさァ」

そう、言った。





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