三月九日。6




「坂田。……いい加減、離せよ」
「……」

しばらくの間じっと俺の腕の中に居た土方は、我に返ったように俺の肩を叩いた。もう、声も表情もいつも通りの土方で、俺はゆっくりと体を離す。
土方は俺のことをじっと見つめて、ふい、と視線を逸らせた。

「ひじか、」
「坂田」

何か言わないと、と思っていると、土方が俺を遮るように俺を呼んだ。真っ直ぐな瞳が、俺を射抜く。

「総悟……、いや、沖田には、お前から伝えておいてくれないか。『心配かけた。俺は大丈夫だ』と」
「けど、沖田君は……―――」

お前に、会いたがっていたんだ、とそう言おうとして、口を閉ざす。土方は、どこまでも真っ直ぐに俺を見て。

「それから、坂田。お前も、もう俺に関わるな。……自分の夢を、叶えたいなら」
「?どういう意味?」
「……―――」

土方は、答えなかった。
ただ、ほんの少しだけ、瞳を伏せただけで。



「と、いうわけなんだけど」
「……」

後日。バンドの打ち合わせということで顔を合わせた沖田君に、土方の伝言を伝えた。その時の土方の様子も。
すると沖田君は小さく舌打ちをした後、あのババァ、まだ生きてたんですねぃ、と不穏な言葉を口にした。どうやら、沖田君は何かを知っている様子だ。土方が何故あんなことを言ったのかを。
俺はそれが知りたいと思った。どこまでも真っ直ぐに俺を見て言った、あの言葉の意味を。

「沖田君、何か知っているんだろ?土方のこと」
「……」

俺が尋ねると、沖田君はじっと俺を見上げた。その視線はどこか探るような色を宿していて、俺はそれを軽く受け流す。
すると沖田君は口元を吊り上げて、小さく笑う。

「旦那、隠しているつもりですかぃ?バレバレですよ。……まぁ、俺は別に旦那とアイツがどうなろうと知ったことじゃあありませんがね。ただ、」
「ただ?」
「……あの人は、止めておいたほうがいいですよ」
「それ、どういう意味だよ」

沖田君が言い放った言葉は、土方と同じモノで。俺はもどかしくなって、少し強めの口調で沖田君に問いただす。

「どういう意味、と言われても。そのまんま、アイツと関わるなってことでさぁ」
「だから、それが意味分かんないんだよ。何で、アイツもテメェも同じこと言うんだよ」

俺がイライラしつつそう言うと、沖田君はおや?という意外そうな顔をして。

「旦那は、お気づきになられていないんですかぃ?土方さんのこと」
「何が」

沖田君が何を言っているのかが分からなくて、俺がぶすっとした顔で答えると、沖田君はなるほどねぃ、と一人で納得したらしい。うんうん、と頷いた。

「そりゃ、気づいていないのでしたら無理もないですねぃ。じゃあ、少しだけヒントを」
「ヒント?」
「えぇ。多分、旦那はすぐに気づくと思いますが。『トシ』という名前に、覚えはないですかぃ?」
「『トシ』……?」

『トシ』という言葉を、俺は必死になって思い出そうとした。記憶力はあまりいい方ではないが、それでも。
トシ、トシ、と何度も脳内で呼んでみると、すぐにピン、ときた。
そう、あれが数年前の……―――。

「思い出した!『トシ』って、確か数年前にヒットしてたシンガーだよな?」

俺たちが、まだバンドを組む前。まだ小学から中学に上がる頃にヒットしていたシンガーで、俺たちと同じ年くらいの男の子が、テレビの向こうで歌っているのを俺は見ていた記憶がある。
全体的に幼さの抜けない少年が、大人顔負けの歌唱力を持っていて、やけに世間は注目していた。
俺はそこまで思い出して、ハッと気づく。
そうだ。
土方のうたを聞いたときに、どこか懐かしい気がした。
あの頃、『トシ』はどの番組にも引っ張りダコで、テレビでよくうたを歌っていた。
あの頃は、よく『トシ』のうたを聴いていたから。

だから……―――。

俺はそこまで考えて、ちらりと沖田君を見る。沖田君はしたり顔で、俺を見ていた。
それに、少し気まずくなって頬をかく。

「思い出しやしたかぃ?『トシ』のこと」
「あぁ」
「なら、分かるでしょう。あのお人と、関わっちゃいけない理由が」
「……」

あぁ、分かる。
あの『トシ』と俺の知る土方が、同一人物なら。

だって『トシ』は。

ある事件をきっかけに、歌手を辞めているのだから。






『○月○日。午後六時頃。帰宅した少年歌手『トシ』は、家の様子がおかしい事に気づいた。疑問に思った『トシ』は家に入り、すぐに父親のいる書斎に向かった。そこで倒れている父親と、刃物を持った男と遭遇。男はすぐ『トシ』に気づき、『トシ』に暴行を加え逃亡。なお、父親は出血多量で死亡。暴行を受けた『トシ』は全治2ヶ月の重症を追った。なお、犯人は『トシ』の成功を妬む者の犯行と見て、捜査を開始している。『トシ』のプロデューサーも勤めていた母親は、後に記者会見を開くと述べている』



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