Full Out ××× 前




先輩たちとの合同合宿も何とか順調に進む中、ホッと安心するのと同時に、最近できた悩み事にまた僕は頭を抱えていた。その悩みごとというのは……。

「兄さん、ちょっといいかな?話が……」
「あ、わりぃ。次の任務があるからまたにしてくれるか?」

これだ。
最近、兄さんの様子がおかしい。明らかに僕を避けている節があって、こうして話しかけようとすると、任務やら塾やらで誤魔化されてしまう。一体、兄さんの身に何があったのか。そういえば、兄さんの様子がおかしくなったのは、喧嘩して仲直りした後からだったけど……。
僕は悶々としつつ、こういう時は……、と勝呂先生がいつもいる射的場に向かった。悔しいけれど兄さんのことを知っている人の一人だし、兄さんが少なからず信頼している人だ。きっと何か知っているに違いない。それに、少し射的でもして気を紛らわしたかった。



「よぉ、奥村弟!……相変わらず、眉間に皺寄せとるなぁ」
「こんにちは、勝呂先生」

笑って僕を出迎えてくれた勝呂先生に、僕は少し気まずくなりながらも笑い返した。まるで僕が来ることが分かっていたようなその顔に、やっぱり彼は何か知っているな、と思う。苦々しく顔をしかめる僕に、彼はほんの少し呆れたような顔をして。

「何や、またえらい面倒くさいことになっとるな。お前ら双子は」
「……それが、今回は原因が全然分からなくて……」
「ほぉ……?」

勝呂先生は、意外だ、という顔をして僕を見た。どうやら勝呂先生は兄さんの様子がおかしい原因を僕が分かっているのだと思っていたらしい。

「それはまた、難儀やな。お前も、……アイツも」
「え?」
「まぁ、今回はそこまで深く考えんでもええよ、きっと。奥村も時間が経てば落ち着いてくるやろ」
「そうでしょうか……」
「そうや。こういうのは、なるようにしかならん」

きっぱりと言い切った勝呂先生の顔をじっと見てしばらく考えたけれど、先生がそう言うのならそうかもしれない、と思うようになった。兄さんのことは気になるけれど、兄さんが自分から話してくれるのを待とうと思うのだ。僕が原因で、それがとても大切なことなら、きっと兄さんは話してくれる。そう、僕は信じているから。

「さ、この話は終いや。今日も撃っていくやろ?」

僕が結論を出すのを待っていた勝呂先生は、顔を上げるとニッと笑って銃を差し出した。僕はそれを受け取って、一つ頷く。

「はい。よろしくお願いします」

カチリ、とだいぶ慣れた手つきで安全装置を解除する。そして、真っ直ぐに的に向かって銃を構えて、ぐ、とトリガーに指先を乗せた。
僕はこの瞬間が好きだった。ピン、と張った緊張感と、指先に触れるトリガーの感触。そして、向けた銃口の先の的を悪魔へと変えて。
ぱぁん!と乾いた音が射的場に木霊した。



「お前、竜騎士ドラグーンになったらどうや?」
「え?」

勝呂先生に教わりつつ数発撃った僕は、いきなり勝呂先生にそう言われて戸惑った。返す言葉を無くしていると、勝呂先生は腕を組んで講師の顔をした。

「お前、まだ自分がどの称号を取るか、迷ってるんやろ?」
「……はい」

そう、僕はまだ、自分が何の称号を取るかで悩んでいた。勿論、医行騎士ドクターは取るつもりでいる。だけど、それとは別に、悪魔と戦える称号が欲しいと思ったのだ。だけど手騎士テイマーの素質は持っていないし、騎士ナイトは兄さんに止められている。だとすれば詠唱騎士アリア竜騎士ドラグーンのどちらかになるだろう。僕はその二つで迷っていた。もちろん、どちらも取得するという方法もある。だけど、今の僕ではとりあえずどちらか一つを取ることで精一杯だろう、そう考えていた。
だから、まさか竜騎士ドラグーンの称号を持つ勝呂先生からそう言われるとは思ってもみなくて。

「だったら、丁度ええ。実はな、これは奥村には内緒にしとって欲しいんやけど……。お前と会うちょっと前に、奥村からお前のことを頼まれとったんや。お前に、銃を教えて欲しい言うてな」
「!兄さん、が?」
「そうや。『雪男が悪魔と戦える称号を欲しがっているから、アイツを竜騎士ドラグーン詠唱騎士アリアにして欲しい』言うてな、アイツ、俺に頭を下げたんや。あの、意地っ張りな奥村が、や」
「……」
「俺もそん時はえらい驚いてな。でも、アイツがそこまで弟のことを考えているんやと思うと、断れへんかった。まぁ、断る理由もなかったしな」

勝呂先生はそう言って、苦笑を洩らした。
驚いた。まさか兄さんが、そんなことを勝呂先生に頼んでいたなんて。そしてその為に、あの兄さんが頭を下げただなんて、とても信じられなかった。
だけどそれ以上に……―――、嬉しかった。
正直、兄さんは僕が祓魔師になるのを快く思っていない様子だった。騎士になるのを反対されたときもそうだったし、塾で僕と目が合うと、どこか寂しげな顔をすることがあったから。
でも、兄さんは兄さんで色々僕のために考えてくれていた。そして、僕が祓魔師になることを応援してくれている。そのことを感じ取って、僕はにやけそうになる頬を必死になって誤魔化した。

「んで、俺の見る限り、お前は竜騎士ドラグーンの才能がある。的を射ることに関してもそうやけど、竜騎士ドラグーンに一番に求められるのは、状況把握力や」
「状況把握、ですか?」
「そう。悪魔との戦いにおいて、他の祓魔師との協力は必須や。一人では、悪魔とは戦えん。騎士ナイト竜騎士ドラグーン詠唱騎士アリア手騎士テイマー医工騎士ドクター、それぞれが力を合わせないかん。だけど、その中でも一番回りの状況を見て行動せないかんのが、竜騎士ドラグーンや。……それが何故か、分かるか?」
「……広範囲かつ遠距離からの攻撃ができるから、ですか?」

僕がそう答えれば、勝呂先生は満足そうに笑って頷いた。

竜騎士ドラグーンの役目は攻撃というよりも、最前線で戦う騎士ナイトや、詠唱の時には集中的に狙われる詠唱騎士アリアの援護や。だから竜騎士ドラグーンは常に後方にいて、戦場全体を見ておく必要がある。特に小隊での行動になれば、それはとても重要になる。……その点、お前は冷静に物事を判断する能力もあるし、銃の腕もまだまだ伸びる要素がある。それに……竜騎士ドラグーンになれば、騎士ナイトの奥村を守ることだってできるやろ?」
「!」

兄さんを、守る。
僕はそれを聞いて、手の中にある銃を見下ろした。黒く光るソレは、静かに僕を見上げていた。
竜騎士ドラグーンになれば、この銃を持てば、僕は兄さんを守れるようになるのだろうか。

「……少し、考えさせてもらってもいいですか?」

冷静になろう。何が最善で、どうやったら兄さんを守れるのか、よく考えなければ。
僕はそう思って、勝呂先生を見た。すると彼は一つ頷いて、ゆっくり考えるんやな、と笑った。



そんなやりとりがあった、数日後。
やっぱり兄さんの様子は相変わらず可笑しかった。だけど、僕自身も自分のことで精一杯で、そんな兄さんの様子を横目に見ながらも、いつもと同じように昼間は普通の学生、夜は祓魔塾の塾生として過ごしていた。
そして今日は、その兄さんの授業の日であり、合同合宿の最終日だ。

「じゃあ、教科書の36Pを開いて。この前の続きから始めるぞ」

黒い祓魔師のコートに身を包んだ兄さんが、教卓の前に立って元気よくそう言った。そして、ゆっくりと教科書を読み上げながら、教室を歩いて回る。兄さんの姿を視界の端に捉え、その声に耳を傾け聞きながらも、僕はぼんやりと考え事をしていた。
竜騎士ドラグーンになって、最前線で戦う兄さんを守る。それは僕にとっては重要で、大切なことだ。
だけど、と思う。
だけど僕は、自信がなかった。もし、放った銃の弾丸が悪魔ではなく、誤って兄さんに当たってしまったら、と。それを考えると、詠唱騎士アリアの方がまだ、大丈夫のような気がして。
だけど詠唱騎士になれば、僕はまた、兄さんに守られる立場になってしまう。詠唱を始めたら無防備になり、悪魔からも集中的に狙われる。それを防ぐのが後方の竜騎士ドラグーンであり、騎士ナイトなのだと、勝呂先生は言っていたから。
それは、僕の本意ではないことは、確かで。
誤ってたいせつなひとを撃ってしまうかもしれない、恐怖と。
守りたい、という強い想い。
その二つの間で、僕は悩んでいた。どうしようか、とグルグルと悩んでいると、雪男!と兄さんに呼ばれて、ハッと顔を上げる。すると目の前に兄さんがいて、心配そうな顔で僕を見下ろしていた。しまった、と思ってももう遅い。

「お前、ちゃんと授業聞いてたか?」
「……、す、みません。聞いてませんでした……」

僕が少し小さくなってそう答えると、兄さんは少しだけため息をついた。そして、お前が授業中に考え事なんて珍しいけど、と前置きして。

「祓魔師になるには、どの授業も大事だからな。ちゃんと聞いておくように」
「……、はい」

いいな?と講師の顔をする兄さんに、僕は頷く。それに満足したのか、兄さんはまた教科書に目を落として、教卓へと戻っていった。
その背中を見つめて、僕は密かにぐっと手のひらを握り締めた。

そして授業の終わりがけ、兄さんは時間よりも少し早めに教科書を閉じた。

「今日は合同合宿最終日ということで、正十字学園内にある祓魔師の為の施設に案内します。この正十字学園は、皆さんも知っている通り全国にある支部の一つであり、騎士団にとって大事な場所でもあります。その為、祓魔師の為に用意された施設がたくさんあります。それを今日は案内したいと思います。……ま、二年の奴らは行ったことがある場所もあるだろうけど、一年は初めてだろうから、色々と教えてあげるように!」

じゃあ、行こうか!と兄さんは満面の笑みを浮かべて、僕たちを促した。





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