やさしいあくま 2

翌日。俺はあの桜の木の下にいた。あの子はまだいない。
俺がきょろきょろと周りを見渡していると、肩に乗っていたクロが俺の頬に擦り寄ってきて。

『どうしたんだ?なにかさがしもの?』
「いや。人を待ってるんだ」
『ゆきお?』
「違うよ。女の子なんだけど……」

今日は来ないのかな、と言いかけて、校舎の方から走ってくる黒髪を見つけて、あ、と声を上げた。
するとあちらもそれに気づいたのか、足を止めて、あっという顔をした。そして俺を認めて、少しはにかんだように笑った。

「あ、あの、こんにちは」
「よぉ、また会ったな」

彼女はぎゅっとスケッチブックを抱きしめて、うん、と頷く。

「今日もこの桜を描きに来たのか?」
「そう。……まだ、完成してないから……」
「そっか。完成まで、後どのくらいなんだ?」
「えっと、あと少し、かな……」
「ほんとか?なら、出来上がったら見せてくれよ」
「え!?で、でも、そんなに上手くない、よ……!」

顔を真っ赤にしてブンブンと勢いよく首を振る彼女に、俺はそれでもいいから、と笑う。

「絵が描けるってだけでもすげーって!俺なんて、エゴコロとか全然だからさ」
「……、……」

な、いいだろ?と聞きなおすと、彼女は少し困ったように、でも小さく頷いた。サラ、と彼女の黒髪が揺れて、桜の花びらと映えて見えた。

『りん、コイツだれ?』

その時、肩に乗ったクロがそう聞いてきた。俺はクロの頭を撫でつつ、最近知り合った子だよ、と小声で囁く。するとその動作に彼女は、クロの存在に気づいたみたいで。

「そのネコ……、貴方の飼い猫?」
「え?あぁ、そうだよ。名前はクロって言うんだ」
「クロちゃん?」

可愛いね、と笑う。すると可愛いと褒められて嬉しかったのか、クロが尻尾をピンと立てて。

『りん、りん、おれ、かわいいって』

かなり興奮したように、肩の上で跳ねる。小さな身体だけど、肩に衝撃が走って痛い。
止めろって、とクロを宥めると、クロは俺の肩から飛び降りて、彼女の元へと走っていった。
突然走ってきたクロにびっくりしつつも、彼女は嬉しそうに擦り寄ってくるクロの頭を撫でる。

「かわいい……」

しきりにクロを撫でて、可愛いね、と笑う彼女。俺は二人がじゃれ合うのを見つめながら、平和だな、なんて笑った。




「最近、何か機嫌がいいね、燐。何かあったの?」

祓魔塾の授業が終わって、しえみが突然そんなことを聞いてきた。一瞬、何を言われているのか分からなかったけれど、すぐに彼女のことだと思って、そうか?なんてどもってしまう。

「特に何もないけど……?」
「そうなの?でも燐、時々ぼーっとしてたり、一人で笑ったりしてたから、何か良いことでもあったのかなって思って」
「へ?俺、笑ってた?」
「うん。すっごく嬉しそうだったよ」

無邪気にそう言うしえみに、そんなに顔に出ていたかな、なんて思う。するとどこから話を聞いていたのか、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた志摩が、そうそう、と話に入り込んできた。

「奥村君、えらいご機嫌やったから、皆で彼女でもできたんやないかって話してたんよ」
「か、彼女!?」
「ん?違うんか?」
「や、違うから!そんなんじゃないから!」
「そんなんじゃない?ってことは、それっぽい子ができたっちゅーことか?」
「なんでそうなるんだよ!?違うって!ただ……!」

友達ができただけなんだ、と言おうとして、バン、と机を叩く音が俺の言葉を遮った。驚いて音のした方を見ると、授業が終わったのに雪男が教卓に立っていて、にっこりと満面の笑みを浮かべている。
ひやり、と背筋に嫌な汗が流れる。

「兄さん?」

塾にいるときはあまり呼ばない名で、俺を呼ぶ雪男。顔は笑っているけれど、何故か機嫌が最悪に悪そうだ。

「な、なんだ?雪男」
「今日は早く帰るから、晩御飯は一緒に食べようね。……いい?絶対だからね」

先に寝てたり、ご飯を食べたりしちゃダメだからね、と雪男は念を押す。理由は分からないけど怒られる、と構えていた俺は、きょとん、とする。
何だよ、怒ってると思ったのは、俺の勘違いかよ。
俺はホッとしつつ、分かった、と笑うと、雪男は約束だよ、とそう言って、小指を差し出した。昔から、二人の間に決め事をするときは、絶対にやってきた儀式だ。
俺はその小指に自分の指を絡ませて。

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。……指切った!」

ぱ、と指を離そうとすると、雪男がぎゅっと俺の小指に絡んだ指に力を込めた。雪男?と首を傾げると、雪男はふ、と笑って、俺の耳元に唇を寄せた。

「約束だよ、兄さん」

ね、と声を潜めて囁かれたそれに、俺は?マークを飛ばしながら、うんうん、と頷く。
それに満足したのか、雪男は小指を離して、じゃあまたね、と颯爽と去って行った。
その忙しそうな背中を見送って、今日はせっかくだし雪男の好きなものでも作ろうかな、と思った。




「……えっと、どこから突っ込んだらええんやろ」
「やめとき、触らぬ神になんとやら、や」
「雪ちゃんと燐って、ほんとに仲がいいよね!」
「……あれって仲が良いって言うの?」
「まぁ、双子なんやから、こんな感じなんやない、かな……。多分……」

二人の様子を見て、他の塾生たちが囁いたものの、残念ながら中心にいる双子には届かなかった。



BACK  TOP  NEXT