余命、一週間。2



「あ」
「あ」

パチンコで負けた帰り道。偶然、黒い制服姿の土方と会った。
ここ二日会うこともなく、俺自身諦めかけていただけに、唐突すぎる再会に戸惑ってしまった。
そんな俺に気づかないのか、土方はちらりと俺の背後を見た。

「なんだ、万事屋か。……今日は一人か?」
「え、あ、うん。って、多串君こそ、一人?ゴリラとか、ドS王子は一緒じゃないわけ?」
「あぁ。今からちょっと医者に……って、近藤さんはゴリラじゃねぇ」
「医者?」

 俺は、ギクリとした。まさか、気づいているのか?と。だが、それにしては普通すぎる土方の様子に首を内心で首を傾げる。

「最近、風邪気味みたいでな。俺は大丈夫だって言ったんだが、近藤さんがどうしても行けって煩くて……」
「……」

 それもそうだろう。本人は風邪だと思っているのだろうが、本当は死に至る病気なのだ。近藤がどうしても病院に行け、と言うのは当たり前だ。

「万事屋?」

 悶々としていると、黙っている俺を怪訝に思ったのか、土方が俺の顔を覗き込んできた。下から見上げるようなそれに、何故かドキリとする。え、何「ドキリ」って!?何でコイツの顔見てドキドキしてんの俺!
 と、自分で自分にツッ込んでいると、眉を寄せた土方君が突然、ぐっと屈みこんだ。そして、ごほごほと激しい咳をする。あまりにも激しいそれに、俺は大いにうろたえた。

「ちょ、大丈夫!?」
「ッ、だ、だいじょうぶ、だ……ッ」

 ひぃひィと喉を鳴らしながら、大丈夫だと繰り返す土方。その様子に、俺は背筋がゾクリとする。普段通りの様子の土方に、少し安心していたのに、これではもう決まったも同然だ。
 ……土方は、もうすぐ……。

「ちょっと、ホントに大丈夫なのかよ?すげぇ、キツそうじゃねぇか」
「大丈夫、だって、言ってんだろ」
「オイオイ、そんなに息切れしてるくせに、強がるなって」
「強がってねー」

 大丈夫だって、とまだ少し荒い息を整えつつ、土方はそう言った。心配してやっているのに、とも思ったが、どうやらコイツは心配されると余計に意地を張ってしまうようだ。それなら、あまり心配していると逆効果になってしまう。
 何てメンドクサイ。そう思いながらも、俺は何てコイツらしい、とも思っていた。

「ったく、余計な時間をくっちまった。……俺ァ、もう行くぞ」

 絡まれるのを嫌って、土方が立ち去ろうとする。俺は、その背中を引きとめようとして、一瞬、躊躇する。
 呼び止めて、どうするんだ、俺は?
 だって、コイツは、気にいらない野郎だったはずだ。確かに、今まで色々あって、腐れ縁的な仲にはなったけれど、それだけだったはすなのに。

 ……、でも。

 このまま、コイツを行かせては、いけないような気がして。

「土方ッ!」

 俺は、伸ばしかけた手を、更に伸ばして土方の腕を掴んだ。

「ッ!」

 びくり、と驚いたように振り返る、その瞳孔開いた薄墨色の瞳。俺はその色を捕らえて。

「なぁ、お前、明日は暇?」
「は?」

 きょとん、とした土方の瞳が俺を完全に見ていることに、少し安堵する。土方は掴まれた腕と俺の顔を交互に見て、きゅっと眉を寄せた。

「ちょ、離せって」
「嫌ですー。明日、暇かって聞いてるだろ?」
「てめぇに関係ねぇだろうが。離せ」
「そりゃそうだけど。たまには友達のいない土方君の相手をしてあげてもいいかなーと思って。それで?明日は暇?」
「友達がいねぇのはてめぇだろうが。それに、明日は仕事だ」
「じゃあ、明後日は?」
「……」

 土方が黙り込む。本当、嘘が下手な野郎だよ、と内心で苦笑しつつ。
 じゃあ、明後日の朝十一時、迎えに行くから、と、強引に約束を取り付ける。
 え、え?、と戸惑ったままの土方の腕を離して。

「約束、な」

 破ったら針千本だから、と言い捨て、混乱したままの土方を置いて、俺は立ち去った。返事は、聞かない。こうやって強引にでも取り付けないと、きっと土方は了承しないだろうから。

「意地っ張りだもんなぁ、アイツ」

 明後日。それがきっと、俺が土方を目にすることのできる、最後の日だ。
 俺は先ほどまで目の前にしていた土方の瞳を思い出しながら、この胸の痛みの理由を知りたいと思った。
 ……それはきっと、明後日になれば、分かるだろう、と。








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