余命、一週間。3




時間ってのは、早く来て欲しい時には来ないで、遅く来て欲しい時には、早く来るもんだ。
俺は苦々しく思いながら、スクーターを走らせる。向かうのは、真選組屯所。めったなことでは訪れないその場所に、俺は今向かっている。

「……―――」

本当なら、こんなに息苦しい思いをすることなんてなかった。いつものように、昼間で寝て新八に叩き起こされて、何やかんやとしているうちに一日が終わる。そんな、いつもの日常を過ごしているはずなのに。
たった、一つ。あの真選組第一な男が、もうすぐ死ぬって聞いただけで、なんでこんなに苦しいのだろう。

「……はぁ」

俺は一つため息を付いた。もう、目の前には屯所の門が見えている。肝心な土方の姿はないが、きっと門番に言えば出てくるだろう。
俺はゆっくりとスクーターのスピードを緩めて、屯所の前で停まる。一瞬構えた門番も、俺の姿を見て怪訝そうな顔をする。何故、万事屋の野郎がここに?という顔だ。
それに内心で苦笑しつつ、よぉ、と手を上げて。

「副長さん、いる?」

そう、問いかけた。




門番が土方を呼びに行って、しばらくすると土方が出てきた。眉根を寄せて、本当に来たのかよ、とどこか困ったように。

「そりゃあ、約束したじゃん。ほら、後ろに乗って」
「……二人乗りは禁止なんだが。しかもノーヘルだし」
「いいから!今日くらい仕事のことは忘れろよ。な?ヘルメットは俺の貸すから」
「……」

ヘルメットを渡すと、じっと俺の後ろを見つめた土方は、しぶしぶといった様子で俺の後ろに乗った。

「よし、ちゃんと掴まれよ」
「……」

俺がそう言うが、土方が掴まる様子はない。俺は苦笑して、スクーターを走らせた。
呆然と俺たちを見送る、門番どもを無視して。



しばらく目的地に向かってスクーターを走らせていたが、どうも落ち着かない。土方が後ろに乗っているのもそうだが、どうにも落ちそうなのだ。

「なぁ、ちゃんと掴まれって。落ちるぞ?」
「や、でも……」
「でもじゃなくて。ここで落ちたら洒落になんねぇだろ?」

ほら、と促すと、土方はおずおずと俺の白い着物の裾を持った。その様子を、俺は堪らなく思う。なんだ、この感じ?何か、可愛いんだけど!
って!畜生なんだよ可愛いって!と内心で自分にツッ込みつつ、もっとちゃんと掴めって、と土方に言う。
すると、土方は意を決したように、ぎゅっと俺の腰に抱きついた。
近くなる距離。そして、背中に密着した体温。俺はそれを感じながら、ぐ、と息を呑む。

何、この可愛い生き物!これがいつも俺に突っかかってる鬼の副長さんですか!別人なんじゃねーの!

俺は軽く混乱しつつ、それでも後ろの土方を落とさないように運転に気を付けていた。




俺が向かったのは、定番の映画館……ではなくて、俺と土方が恐らく初めてまともな会話をした場所……。桜の木が生い茂る、花見の場所だ。

「なんで、ここなんだよ」
「んー?まぁ、何ていうの?まだ桜は咲いてないけどさ、ここって所謂思い出の場所じゃん?一度はお前と来たかったつーか」

もう、おそらく花見をすることがないであろうコイツを、この場所に連れて来たかった、なんて言えずに、俺は誤魔化した。
一瞬怪訝そうな顔をした土方だったが、特に気にすることでもないと思ったのか、懐かしいな、なんて言って桜の木を見上げた。

「あん時の勝負。てめぇとは、いずれ決着つけようじゃねえか」
「……―――」

そう言って、ニヤリと笑う土方。その顔に、俺は言葉に詰まる。
いずれ。その時が来ることは、もう、ないのだ。

「……そう、だな……」

俺はほんの少し痛んだ胸を隠すように、笑う。すると土方が俺を見て、ほんの少し目を見開いた。

「万事屋……?」

どうした、と聞きたそうな顔をしたので、俺は誤魔化すように、そういえばさ、と言う。

「俺が酔って切っちゃった木がまだ残ってんだけど、見に行こうぜ」
「……、あぁ」

不自然な振りにおかしいと思ったはずなのに、土方は何も言わずに頷いた。俺はそれに内心でホッとしつつ、歩き出した。
あの時、俺が切った木はまだそのまま残っていた。すっぱりと両断されたそれに、俺はほんの少し残念に思う。あの時の桜は、すごく綺麗だったから。それを切ってしまったのは、誤算だった。

「……、本当、綺麗な切り口だな」

するり、と土方が木の切断面を撫でて、そう言った。感動したようなソレに、妙に照れくさくなる。

「や、別に普通だろ?」
「そうでもないさ。こんな太い木を一太刀でスッパリ切れるなんざ、よほどの腕がないと無理だ」
「なに?感動しちゃった?」

俺が茶化してそう聞くと、土方はきょとんとした後に、小さく笑った。

「あぁ。……そうだな」
「……―――ッ」

その、柔らかな笑みに。
心臓を、打ち抜かれて。

「……ッ!」

俺は、グッと土方の腕を掴んで、引き寄せていた。
さら、と土方の黒髪が、頬を撫でる。微かに煙草の匂いがした。

「万、事屋ッ!?」

おい、と離れようとする土方を、引き止めて。
俺は、腕に力を込める。

「ひじかた……ッ」

畜生。
畜生畜生畜生ッ……!

なんで、コイツなんだよ。
なんで、コイツが死ななきゃならないんだよ。
今。俺の目の前にいるコイツが、もうすぐいなくなる。

俺はそれを、今さらながら実感して、怖くなる。
自分の腕の範囲にあるものを、守りたいと思っていたのに。
今一番俺の腕に近いコイツを、俺は守れない……―――。

畜生、と内心で苦々しく思っていると、抵抗していたはずの土方が急に抵抗をやめて、こつり、と俺の肩に額を乗せて。

「……てめぇが、何に不安になっているのかは知らねぇけど。俺は、今ここにいるだろうが」

馬鹿、と決して顔を上げようとしない土方の、精一杯の励ましに。
俺は、腕に力を込めることで応えた。



……―――、すきだ、と。



わけもなく、そう思ったから。









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