自覚した想いが、俺に重く圧し掛かる。
何だって、コイツなんだろう、と思う。
物騒で、瞳孔開いてて、喧嘩っ早くて、真選組と近藤を第一に考えてて、心底気に入らない男だ、なんて思っていたはずなのに。
いつの間にか、目で追うようになった。気に入らないから、気になるのだと思ってた。
まさか、それが逆だなんて、思いもせずに。
「万事屋?」
ぼんやりとそんなことを考えていると、隣の土方が怪訝そうに俺を呼ぶ。俺はその声で我に返って、何?と慌てて答える。
すると、土方はきゅっと眉根を寄せて。
「お前、今日はおかしくねぇか?さっきも、様子が変だったし」
「そ、そうか?そうでもねぇだろ」
いつも通りの銀さんですよ、と笑うと、土方は納得していないような顔をしたけど、深く追求はしなかった。
花見の場所から、少し移動した場所に、飲み屋がある。俺の行きつけの居酒屋の一つで、親父とも仲がいい。その居酒屋に、俺は土方を連れ込んだ。
すると、どうやら土方もその居酒屋を知っていたらしく、親父に、久しぶりですね、なんて言われていた。
二人してカウンター席に座って、酒を頼む。そういえば、こうして土方と酒を飲む機会などなかったな、とその時になって初めて気づいた。
俺は何となくくすぐった気分になって、隣の土方に声をかける。
「……、今日は、ありがとな」
「な、なんだよ急に」
「いや、何となく?」
「なんだよ、ソレ」
俺がどう答えていいものか迷ったものの、曖昧な返事をすると、土方は苦笑した。
あ、この顔、何か好きだ、なんてその横顔を見て思う。畜生、重症だ。
「礼を言うのは、俺のほうだろ?万事屋」
「……―――」
そう言って、小さく笑う土方。
いつになく素直な土方の様子に、俺はなんとなく緊張した。もしかして、と。
もしかしたら、土方は気づいているのかもしれない。
自分の命が、もうすぐ消えてしまうのだ、と。
「なぁ、土方……」
だとしたら、俺は。
「今日は、楽しかった?」
俺は、コイツに何を残せるだろう?
「……―――、」
コイツの心に、何を残せるだろう?
「俺は、楽しかったよ」
一つでも、いい。
たった一つでもいいから。
俺は、コイツの心に残る何かが欲しい。そう、思った。
「……、俺も、だ」
ぽつり、と呟いた土方のその言葉が、俺にはまるで宝物のように聞こえた。
あぁ、好きだ。
理屈じゃなく、心の底から、そう思った。
それから、二人でのんびりとした時間を過ごした。今までで一番、一緒にいて穏やかな時間を。
土方は大分飲んでいたけれど、俺はそこそこ量をセーブした。今日は、あまり酔いたくない気分だったし、それに、何となく、土方の様子をずっと見ていたいとそう思ったのだ。
そして、夜の帳が下りてきて、外が十分に暗くなった頃、ようやく二人で店を出た。
ふらふらと頼りなさげな土方を後ろに乗せて、俺はスクーターを走らせる。
土方は、素直に俺の腰に抱きついた。それからずっと無言のままだ。
俺は背中に感じる、少し高めの体温にドギマギしつつ、土方を振り落とさないように慎重に運転をする。
「……なぁ」
しばらくすると、俺の耳元で土方が囁く。ほんの少し弱ったようなその声色に、どうした、と返す。すると土方はぎゅっと俺の腰にしがみついて。
「お前、知ってんだろ……?」
なにを、とは、聞けなかった。
だが、無言だった俺に、土方は確信を得たらしい。ふ、と小さく笑うのが分かった。
「やっぱり、な。……何となく、おかしいとは思ったんだ。お前、何時になく優しいから」
「……ひじ」
「今日だって、ずっと、どっか上の空だったし。……近藤さんとか、総悟も、皆いつも通りだけど、何か俺に気を使ってるみたいだったから。もしかして、とは思ってた」
「……ッ」
「だけど、俺。後悔だけは、したくねぇんだ。だけど、いざとなったら、俺……」
怖くなるかも、しれねぇ、と。
震える声で、そう言われて。
俺は、息が止まるかと思った。
真選組の為に生きて、真選組の為に死ぬ覚悟が出来ている、と土方は何の迷いもなく言い切っていた。勿論、その言葉に嘘はないのだろう。
だが、人間はそんなに簡単な生き物じゃない。死ぬのは簡単だけれど、死ぬ覚悟をすることは、難しい。
多分、土方は今、土方なりに自分の死を受け入れようとしているのかもしれない。
だったら、俺は。
「怖いのは、当たり前だろうが。怖くない人間なんざいねぇよ。でも、こればっかりはどうしようもねぇ。所詮、皆いつかは死んじまう。それを変えることなんて、カミサマでも無理だろうよ」
「……」
「だけど、どうしても怖い、ってんなら……―――、俺を呼べよ」
「え……?」
戸惑ったような、土方の声に、俺はニッと笑って。
「真選組の奴らに言えねぇこと、俺に言えよ。全部受け止めてやる。アイツらに怖いって言えねえのなら、俺に全部吐き出して、楽になっちまえ」
な、土方。と俺が諭すように言うと、土方はグッと唇を噛んで、痛いくらいに強く俺に抱きついてきた。
「……畜生、畜生。天パのくせに。何、かっこつけてんだよ」
「うん」
「……ッ、死んだ魚みてぇな目をしてくるくせに。何だよ、偉そうに」
「うん」
「……、怖ぇ」
「うん」
「怖いんだよ。……鬼の副長だなんて呼ばれた俺が、何でッ……、何でこんなに怖くてたまらねぇんだ……!」
畜生、と何度も何度も声を殺して、怖いと言う土方に。
「うん」
俺は、ただそう言って、受け止めることしかできなかった。
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